・・・従って、彼は彼等に対しても、終始寛容の態度を改めなかった。まして、復讐の事の成った今になって見れば、彼等に与う可きものは、ただ憫笑が残っているだけである。それを世間は、殺しても猶飽き足らないように、思っているらしい。何故我々を忠義の士とする・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ お蓮はほとんどその晩中、いくら牧野が慰めても、浮かない顔色を改めなかった。……「御新造の事では旦那様も、随分御心配なすったもんですが、――」 Kにいろいろ尋かれた時、婆さんはまた当時の容子をこう話したとか云う事だった。「何・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・蟹の長男は父の没後、新聞雑誌の用語を使うと、「飜然と心を改めた。」今は何でもある株屋の番頭か何かしていると云う。この蟹はある時自分の穴へ、同類の肉を食うために、怪我をした仲間を引きずりこんだ。クロポトキンが相互扶助論の中に、蟹も同類を劬ると・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・に友人に対して済まぬ。憚り多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、一盞献ずるほどの、余裕も働きもないから、手酌で済ます、凡杯である。 それにしても、今時、奥の細道のあとを辿って、松島見物は、「凡」過ぎる。近ごろは、独逸、仏蘭西はつい隣り・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・を有するらしい、日中は男女老幼各其為すべき事を為し、一日の終結として用意ある晩食が行われる、それぞれ身分相当なる用意があるであろう、日常のことだけに仰山に失するような事もなかろう、一家必ず服を整え心を改め、神に感謝の礼を捧げて食事に就くは、・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・煙草盆が来た、改めてお茶が出た。「何をおあがりなさいます」と、お君のおきまり文句らしいのを聴くと、僕が西洋人なら僕の教えた片言を試みるのだろうと思われて、何だか厭な、小癪な娘だという考えが浮んだ。僕はいい加減に見つくろって出すように命じ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・尾崎はその時学堂を愕堂と改め、三日目に帝都を去るや直ちに横浜埠頭より乗船して渡欧の途に上った。その花々しい神速なる行動は真に政治小説中の快心の一節で、当時の学堂居士の人気は伊公の悪辣なるクーデター劇の花形役者として満都の若い血を沸かさしたも・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・それ故に母親が自から改めなければ、強権の力を頼んでも試験勉強の如きを廃して、幾百万の児童を救ってもらいたいと思うのであります。 お母さんだけが、いつの場合にでも、子供のほんとうの味方でありましょう。そのお母さんが、もし子供の人格を重んぜ・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・そして、社会が、人間を悪くするのであったら、いかにしてそれを改めなければならぬかについて考えなければならない。 社会は、その禍の源を人間に在りとはしなかったか。そして、今、尚お、個人を責めるに苛酷なのではなかろうか。法律がそうであり、教・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・自分は小嚢から沈子を出して与え、かつそのシカケを改めて遣ろうとした。ところが少年は、 いいよ、僕、出来るから。といって、自らシカケを直した。一ト通りの沈子釣の装置の仕方ぐらいは知っているのであったが、沈子のなかったために浮子釣をして・・・ 幸田露伴 「蘆声」
出典:青空文庫