・・・そして改札口前をぶらぶらしていたが、表の方からひょこひょこはいってくる先刻の小僧が眼に止ったので、思わず駈け寄って声をかけた。「やっぱしだめだった? 追いだして寄越した?」「いいんにゃそうじゃない。巡査が切符を買って乗せてやるって、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ それが済むと今度は女の子連中が――それは三人だったが、改札口へ並ぶように男の児の前へ立った。変な切符切りがはじまった。女の子の差し出した手を、その男の児がやけに引っ張る。その女の子は地面へ叩きつけられる。次の子も手を出す。その手も引っ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ おきのは、改札口を出て来る下車客を、一人一人注意してみたが、彼女の息子はいなかった。確かに、今、下車した坊っちゃん達と一緒に、試験がすんで帰って来る筈だった。村をたって行った日は異っていたが、学校は同じだった。彼女は、乗り越したのでは・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・――私は、その人達が改札を出たり、入つたりする人達を見ている不思議にも深い色をもつた眼差しを決して見落すことは出来ない。 これはしかしこれだけではない。冬近くなつて、奥地から続々と「俊寛」が流れ込んでくると、「友喰い」が始まるのだ。小樽・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・三島駅に降りて改札口を出ると、構内はがらんとして誰も居りませぬ。ああ、やはり駄目だ。私は泣きべそかきました。駅は田畑の真中に在って、三島の町の灯さえ見えず、どちらを見廻しても真暗闇、稲田を撫でる風の音がさやさや聞え、蛙の声も胸にしみて、私は・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ 井伏さんも、その日、よっぽど当惑した御様子で、私と一緒に省線で帰り、阿佐ヶ谷で降り、改札口を出て、井伏さんは立ち止り、私の方にくるりと向き直って、こうおっしゃった。「よかったねえ。どうなることかと思った。よかったねえ。」 早稲・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 五所川原駅には、中畑さんが迎えに来ていなかった。「来ていなければならぬ筈だが。」大久保彦左衛門もこの時だけは、さすがに暗い表情だった。 改札口を出て小さい駅の構内を見廻しても中畑さんはいない。駅の前の広場、といっても、石ころと・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 私は立って、待合室から逃げる。改札口のほうへ歩く。七時五分着、急行列車がいまプラットホームにはいったばかりのところで、黒色の蟻が、押し合い、へし合い、あるいはころころころげ込むように、改札口めがけて殺到する。手にトランク。バスケットも・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・ 軽井沢の駅へおりた下り列車の乗客が、もうおおかたみんな改札口を出てしまったころに、不思議な格好をした四十前後の女が一人とぼとぼと階段をおりて来た。駅員の一人がバスケットをさげてあとからついて来る。よれよれに寝くたれた、しかも不つりあい・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・それで停車場の改札口のような処を通り抜けて、恐ろしく長い廊下のような処に出た。それからその廊下の横の一室へ案内されて、そこで外套と帽子を置いた。室には、人はたった一人居たきりであるが、壁には数え切れないほど沢山の外套と帽子が掛け列ねてあった・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
出典:青空文庫