・・・しばらくして、この傘を大開きに開く、鼻を嘯き、息吹きを放ち、毒を嘯いて、「取て噛もう、取て噛もう。」と躍りかかる。取着き引着き、十三の茸は、アドを、なやまし、嬲り嬲り、山伏もともに追込むのが定であるのに。――「あれへ、毒々しい半びらきの・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・天竜、雲を遣り、雷を放ち、雨を漲らすは、明午を過ぎて申の上刻に分豪も相違ない。国境の山、赤く、黄に、峰岳を重ねて爛れた奥に、白蓮の花、玉の掌ほどに白く聳えたのは、四時に雪を頂いて幾万年の白山じゃ。貴女、時を計って、その鸚鵡の釵を抜いて、山の・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 眼にいっぱいの涙を湛えて、お香はわなわなふるえながら、両袖を耳にあてて、せめて死刑の宣告を聞くまじと勤めたるを、老夫は残酷にも引き放ちて、「あれ!」と背くる耳に口、「どうだ、解ったか。なんでも、少しでもおまえが失望の苦痛をよけ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・われには少しもこの夜の送別会に加わらん心あらず、深き事情も知らでただ壮なる言葉放ち酒飲みかわして、宮本君がこの行を送ると叫ぶも何かせん。 げに春ちょう春は永久に逝きぬ。宮本二郎は永久を契りし貴嬢千葉富子に負かれ、われは十年の友宮本二郎と・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・源叔父はしばしこぐ手を止めて彦岳の方を見やり、顔赤らめていい放ちぬ。怒りとも悲しみとも恥ともはた喜びともいいわけがたき情胸を衝きつ。足を舷端にかけ櫓に力加えしとみるや、声高らかに歌いいでぬ。 海も山も絶えて久しくこの声を聞かざりき。うた・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・これまさしく伊豆の山人、野火を放ちしなり。冬の旅人の日暮れて途遠きを思う時、遥かに望みて泣くはげにこの火なり。 伊豆の山燃ゆ、伊豆の山燃ゆと、童ら節おもしろく唄い、沖の方のみ見やりて手を拍ち、躍り狂えり。あわれこの罪なき声、かわたれ時の・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・だってどんな具合でここへ漂って来まいものでもない、』など思いつづけて坂の上まで来て下町の方を見下ろすと、夜は暗く霧は重く、ちょうどはてのない沼のようでところどころに光る燈火が燐の燃えるように怪しい光を放ちて明滅していた。『彼人とはだれの・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・すべて一時に微笑したように、隈なくあかみわたッて、さのみ繁くもない樺のほそぼそとした幹は思いがけずも白絹めく、やさしい光沢を帯び、地上に散り布いた、細かな落ち葉はにわかに日に映じてまばゆきまでに金色を放ち、頭をかきむしッたような『パアポロト・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引をよく調べる男でしたが、文字の成立まで調べて置いて、そして敵が講じ了るのを待ち兼ねて、難問の箭を放ちました。何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ 四 左は言え、私は決して長寿を嫌って、無用・無益とするのではない、命あっての物種である、其生涯が満足な幸福な生涯ならば、無論長い程可いのである、且つ大なる人格の光を千載に放ち、偉大なる事業の沢を万人に被らすに至るに・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫