・・・突然華やいだ放胆な歌声が耳に入った。クララは首をあげて好奇の眼を見張った。両肱は自分の部屋の窓枠に、両膝は使いなれた樫の長椅子の上に乗っていた。彼女の髪は童女の習慣どおり、侍童のように、肩あたりまでの長さに切下にしてあった。窓からは、朧夜の・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・寒月の名は西鶴の発見者及び元禄文学の復興者として夙に知られていたが、近時は画名が段々高くなって、新富町の焼けた竹葉の本店には襖から袋戸や扁額までも寒月ずくめの寒月の間というのが出来た位である。寒月の放胆無礙な画風は先人椿岳の衣鉢を承けたので・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・二葉亭も一つの文章論としては随分思切った放胆な議論をしていたが、率ざ自分が筆を執る段となると仮名遣いから手爾於波、漢字の正訛、熟語の撰択、若い文人が好い加減に創作した出鱈目の造語の詮索から句読の末までを一々精究して際限なく気にしていた。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・今なら文部省に睨まれ教育界から顰蹙される頗る放胆な自由恋愛説が官学の中から鼓吹され、当の文部大臣の家庭に三角恋愛の破綻を生じた如き、当時の欧化熱は今どころじゃなかった。 先年侯井上が薨去した時、侯の憶い出咄として新聞紙面を賑わしたのはこ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・社会の下積みという言葉を聞くと、赤土のなかから生えていた女の腿を思い出した。放胆な大槻は、妻を持ち子を持とうとしている、行一の気持に察しがなかった。行一はたじろいだ。 満員の電車から終点へ下された人びとは皆働人の装いで、労働者が多かった・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・今度は似ようが似まいがどうでもいいというくらいの心持ちで放胆にやり始めてただ二日で顔だけはものにしてしまった。ところがかえってこのほうがいちばん顔が生きていてそしていちばん芸術的に見えた。その上これが今までのうちで最もよく似ているという者も・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・引受けた看板の瑕に等しき悪名が、今はもっけの幸に、高等遊民不良少年をお顧客の文芸雑誌で飯を喰う売文の奴とまで成り下ってしまったが、さすがに筋目正しい血筋の昔を忘れぬためか、あるいはまた、あらゆる芸術の放胆自由の限りを欲する中にも、自然と備る・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・、戸外兵馬の事に忙わしくして内を修むるに遑なく、下って徳川の治世に儒教大いに興りたれども、支那の流儀にして内行の正邪は深く咎めざるのみならず、文化文政の頃に至りては治世の極度、儒もまた浮文に流れて洒落放胆を事とし、殊に三都の如きはその最も甚・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・豊後の、海沿いに島があったり、入江があったり、実に所謂いい景色にちんまりしていたのが、日向にかかると、風景がずっと放胆で平原的になった。広々した畑、関西風な村を抜けて自動車が青島へ向い駛るにつれ、私は段々愉快で堪らなくなって来た。別府、臼杵・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・見出そうとするように。 *それは、あの人の詩はよい。優雅だ。 実に驚くべき言葉のケンラン。けれども。――そうです。あの方のも、素敵ですね。放胆なイマジネーション。ファンタジア アラ……然し。―・・・ 宮本百合子 「五月の空」
出典:青空文庫