・・・ そのころのこと、戸籍調べの四十に近い、痩せて小柄のお巡りが玄関で、帳簿の私の名前と、それから無精髯のばし放題の私の顔とを、つくづく見比べ、おや、あなたは……のお坊ちゃんじゃございませんか? そう言うお巡りのことばには、強い故郷の訛があ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・御好意に狎れて、言いたい放題の事を言いました。きっと、あなたは烈火のようにお怒りでしょう。けれども私は、平気です。「エホバを畏るるは知識の本なり。」いい言葉をいただきました。私は、これから、あなたに対して、うんと自由に振舞います。美しい・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 勝手放題な色々な疑問を、叱られても何でも構わずいくらでも自分にこしらえては自分で追究し、そうしてあきるとまた勝手に抛り出してしまって自由に次の問題に頭を突っ込んだのであったが、そういう学生時代に起こしかけてそれっきり何年も忘れていたよ・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ 中央アジアではまだ自然が人間などの存在を無視して勝手放題にあばれ回っている。そのために気候風土が変転して都市が砂漠になったり、砂漠が楽園に変わったりする。地震なども、いわゆる地震国日本の地震などとは比較にならないような大仕掛けのが時々・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・そして垣の根方や道のほとりには小笹や雑草が繁り放題に繁っていて、その中にはわたくしのかつて見たことのない雑草も少くはない。山牛蒡の葉と茎とその実との霜に染められた臙脂の色のうつくしさは、去年の秋わたくしの初めて見たものであった。野生の萩や撫・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・友達の前であろうが、知らぬ人の前であろうが、痛い時には、泣く、喚く、怒る、譫言をいう、人を怒りつける、大声あげてあんあんと泣く、したい放題のことをして最早遠慮も何もする余地がなくなって来た。サアこうなって見ると、我ながらあきれたもので、その・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
景清 この夏、弟の家へ遊びに行って、甃のようになっているところの籐椅子で涼もうとしていたら、細竹が繁り放題な庭の隅から、大きな茶色の犬が一匹首から荒繩の切れっぱしをたらしてそれを地べたへ引ずりながら、・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・こんな不自由はいよいよ馬鹿らしいと、農民は、益々播種面をちぢめ、耕地に草は伸び放題。ソヴェト生産の鋏は、順当な交互作用を失って開きっぱなしという危機に立ち到ったのであった。 一九二一年の果敢な新経済政策は、この生産関係の調整のために敢行・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・甘いものも食い放題だし、ということは、はっきり特攻隊や予科練へ若ものをひきつける条件の一つだった。 米代りの砂糖が配給され、フィリッピンからの砂糖の話をよむとき、わたしたちは、砂糖一つについても、あるべき社会的な責任というものについて、・・・ 宮本百合子 「砂糖・健忘症」
・・・社会的自主性のよわいひきまわされ放題な人となる。日本人の性格のよくない特徴として、敗戦後、あらゆる外国人から指摘された一つに「自分の意見をはっきりあらわさない」という点があげられている。そのことを忘れてはならない。内と外からの愚民教育に対し・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
出典:青空文庫