・・・林房雄、尾崎士郎、榊山潤の諸作家が前線近く赴いて、故国へ送ったルポルタージュ、小説の類は、文学の問題として、ルポルタージュの性質を再び考え直させると共に、文学を生む人間経験の諸相について、作家を真面目に考えさせるものがあった。文学の現実の豊・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 彼は全く白村氏の書かれた通り新しい浪漫主義者であろう。故国の政治的状態に就て話そうとはせずに、昔ながらの伝説と神秘の詩に抱かれながら、「今」を超えて生活をする愛蘭農民の永遠を語るのが彼である。彼の素晴らしい空想は、何時でもすきな時に私・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・ 日本の兵士たちは、地理の関係から、一たん故国をはなれてしまうと、骨になってかえるか、凱旋する日まで生きるか、どちらかである。ここにはまたこことして、思いやるべき幾多のことがあるのである。〔一九三七年十二月〕・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・ 家庭からは引はなされ、自分の仕事にあくせくと追い廻されながら、せま苦しい只一室を巣として、注ぐべき愛をことごとく幽閉して過す毎日は、遠く故国に自分を待って居る、「彼の女性」に対して、云うばかりない懐しさを抱かせるでございましょう。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・自身の告白を、故国への誤った悪評の材料につかわれるような恥さらしをせずに、生き抜いて欲しいと思うのである。 この「ジャンの手記」が私たちに与える教訓は決して感傷的な系図しらべにもないし、所謂浮世の転変への愁嘆にもない。妻としての良人への・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・仮令一枚の葉書でも、故国から来たものとなると、心持が異う。毎朝、小さい鍵で、箱の蓋を開けるとき、自分は必ず丸い大様な書体で紙面を滑って居る母の手跡を期待して居る。 自分が其那に待ちながら、同じように待って居るに異いない母へ、屡々音信をし・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・けれども、私たちは自分が生れ、そこで一生を閲し、そこに死ぬる故国としての日本については、世界史との関係の中で更に一層細かに具体的に知りたい心をもっている。 この要求に立って考えて見ると、世界史と各国の歴史との扱われかたが、従来の文化の中・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・出征し、生きて還れた一人の青年が、故国の生活へどういう工合にして入ってゆき、そこで何を発見し、どんなこころもちに逢着したか、ここには、きおいたたない一つの気質を通じて日本の課題が示されているのではないでしょうか。もとより、まだこの作家にとっ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
この二三日来の新聞で龍田丸の中毒事件が私たちを驚かしている。やっと故国へ近づいて明日は入港という時に卵焼の中毒で、九人もの人が僅かの時間のうちに相ついで死んで行ったし、病気でいる人が百二十五名だということは、これまで聞いた・・・ 宮本百合子 「龍田丸の中毒事件」
・・・それは、遠い昔、政治的思想的に紛糾を重ねた欧州の故国を去って、未開の新土に生活を創始しようと覚悟した程のものは、皆、何等かの意味に於て、強い箇人の自覚と、何物にも屈しない独立心を備えていたからなのです。 アメリカと云っても、往古の状態は・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫