・・・皺も一時に、故意につけられたものだ。 郵便局では、隣にある電信隊の兵タイが、すぐやってきて、札を透かしたり指でパチ/\はじいたりした。珍しそうにそれを眺め入った。「うまくやる奴もあるもんだね。よくこんなに細かいところまで似せられたも・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・同様に手むかいをする百姓のだと思って、故意に厳重に処置をした。 四 二週間ほどたって、或る日、健二が残飯桶をかついで丘の坂路を登っていると、彼の足音を聞きつけて、封印を附けられた宇一の小屋から二十匹ばかりが急に揃って・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ 密偵は、日本軍にこびるために、故意に事実を曲げて仰山に報告したことがあった。が、パルチザンの正体と居所を突きとめることに苦しんでいる司令部員は、密偵の予想通り、この針小棒大な報告を喜んだ。彼等は、パルチザンには、手が三本ついているよう・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・その口供が故意にしたのであったと云う事は、後になって分かった。 或る夕方、女房は檻房の床の上に倒れて死んでいた。それを見附けて、女の押丁が抱いて寝台の上に寝かした。その時女房の体が、着物だけの目方しかないのに驚いた。女房は小鳥が羽の生え・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ ことしの夏の終りごろ、此の滝で死んだ人がある。故意に飛び込んだのではなくて、まったくの過失からであった。植物の採集をしにこの滝へ来た色の白い都の学生である。このあたりには珍らしい羊歯類が多くて、そんな採集家がしばしば訪れるのだ。 ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・光っては崩れ、うねっては崩れ、逆巻き、のた打つ浪のなかで互いに離れまいとつないだ手を苦しまぎれに俺が故意と振り切ったとき女は忽ち浪に呑まれて、たかく名を呼んだ。俺の名ではなかった。 われは山賊。うぬが誇をかすめとらむ。「よも・・・ 太宰治 「葉」
・・・これは諷刺の意を誤解せられては差支えるので、故意に原文に従わなかったのである。誤訳ではない。 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・師宣や祐信などの絵に往々故意に手指を隠しているような構図のあるのを私は全く偶然とは思わない。清長などもこの点に対するかなり明白な自覚をもっていたように思われる。このアペンディックスが邪魔にならないようにかなりな苦心を払っているような形跡が見・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・これはもちろんこの映画の題材にふさわしいように製作者の意図によって故意にかもし出されたのかもしれないが、しかし一面から見るとこの陰惨な雰囲気はフランス人の国民性そのものの中に蔵されているグルーミーでペンシィヴな要素が自然に誘い出されてここに・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・その時のおおぎょうな甲高い叫び声が狩り場の群犬のほえ声にそっくりであるのは故意の寓意か暗合かよくわからない。この三人が、姫君のためにはハッピーエンド、彼らの目には悲劇であるかもしれない全編の終局の後に、短いエピローグとして現われ、この劇の当・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
出典:青空文庫