・・・それとも別に好む所があって、故意こんな誇張を加えたのであろうか。――私はこの画の前に立って、それから受ける感じを味うと共に、こう云う疑問もまた挟まずにはいられなかったのである。 しかしその画の中に恐しい力が潜んでいる事は、見ているに従っ・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・この記事が流布本に載せられていない理由は、恐らくその余りに荒唐無稽に類する所から、こう云う破邪顕正を標榜する書物の性質上、故意の脱漏を利としたからでもあろうか。 予は以下にこの異本第三段を紹介して、聊巴の前に姿を現した、日本の Diab・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・頗る見事な出来だったので楢屋の主人も大に喜んで、早速この画を胴裏として羽織を仕立てて着ると、故意乎、偶然乎、膠が利かなかったと見えて、絵具がベッタリ着物に附いてしまった。椿岳さんの画には最う懲り懲りしたと、楢屋はその後椿岳の噂が出る度に頭を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・初めから同じ結論に達するのが解っていても故意に反対に立つ事が決して珍らしくなかった。かつこの反対の側から同じ結論に達する議論を組立てる手際が頗る鮮かであった。 負け嫌いの甚だしいは、人に自分の腹を看透かされたと思うと一端決心した事でも直・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その口供が故意にしたのであったという事は、後になって分かった。 ある夕方女房は檻房の床の上に倒れて死んでいた。それを見附けて、女の押丁が抱いて寝台の上に寝かした。その時女房の体が、着物だけの目方しかないのに驚いた。女房は小鳥が羽の生えた・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬという強猛な感情家のY、――併し彼は如何に猜疑心を逞しゅうして考えて見ても、まさかYが故意に、彼を辱しめる為めに送って寄越した・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・という題でおせいとの醜い啀み合いを書いたが、その時分もおせいは故意にかまた実際にそう思いこんだのか、やはり姙娠してると言いだして、自分をしてその小説の中で、思わず、自然には敵わないなあ! と嘆息させたのであるが、その時は幸いに無事だったが、・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・甲は書籍を拈繰って故意と何か捜している風を見せていたが、「有ったよ。」「ふん。」「真実に有ったよ。」「教えてくれ給え。」「実はやッと思い出したのだ。円とは……何だッたけナ……円とは無限に多数なる正多角形とか何とか言ッたッ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 次の八畳の間の間の襖は故意と一枚開けてあるが、豆洋燈の火はその入口までも達かず、中は真闇。自分の寝ている六畳の間すら煤けた天井の影暗く被い、靄霧でもかかったように思われた。 妻のお政はすやすやと寝入り、その傍に二歳になる助がその顔・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ことに子どもの幼いときに、故意に、不自然に教育的なのはよくない。食卓でいちいち合掌させて食事をさせるというようなのは私は好まない。「おいたはおよし」と母親が叱っても、茶碗を引っくり返すくらいなところもないと母のなつかしみはつくまい。人間とし・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫