・・・ 洋一はあんな看護婦なぞに、母の死期を数えられたと思うと、腹が立って来るよりも、反って気がふさいでならないのだった。「それがさ。お父さんは今し方、工場の方へ行ってしまったんだよ。私がまたどうしたんだか、話し忘れている内にさ。」 ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・僕はその池のほとりへ来た時、水の中の金魚が月の光に、はっきり数えられたのも覚えている。池の左右に植わっているのは、二株とも垂糸檜に違いない。それからまた墻に寄せては、翠柏の屏が結んである。その下にあるのは天工のように、石を積んだ築山である。・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・クララは数を数えないでも丁度夜半である事を知っていた。そして涙を拭いもあえず、静かに床からすべり出た。打合せておいた時刻が来たのだ。安息日が過ぎて神聖月曜日が来たのだ。クララは床から下り立つと昨日堂母に着て行ったベネチヤの白絹を着ようとした・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そこから人類に大害をなすような事柄が数えきれないほど生まれています。それゆえこの農場も、諸君全体の共有にして、諸君全体がこの土地に責任を感じ、助け合って、その生産を計るよう仕向けていってもらいたいと願うのです。 単に利害勘定からいっても・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・夏草の茂った中に、高さはただ草を抽いて二三尺ばかりだけれども、広さおよそ畳を数えて十五畳はあろう、深い割目が地の下に徹って、もう一つ八畳ばかりなのと二枚ある。以前はこれが一面の目を驚かすものだったが、何の年かの大地震に、坤軸を覆して、左右へ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ とお米さんが先へ数えて、私の年を訊ねました。「三碧のう。」 と尼さんが言いました。「貴女は?」「私は一つ上……」「四緑のう。」 と尼さんがまた言いました。 ――略して申すのですが、そこへ案内もなく、ずかずか・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・この向島名物の一つに数えられた大伽藍が松雲和尚の刻んだ捻華微笑の本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共に尽く灰となってしまったが、この門前の椿岳旧棲の梵雲庵もまた劫火に亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 二十五年前には日本の島田や丸髷の目方が何十匁とか何百匁とかあって衛生上害があるという理由で束髪が行われ初め、前髪も鬢も髦も最後までが二十七年、頼政の旗上げから数えるとたった六七年である。南朝五十七年も其前後の準備や終結を除いた正味は二・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・その夜、難船をした船は、数えきれないほどであります。 不思議なことには、その後、赤いろうそくが、山のお宮に点った晩は、いままで、どんなに天気がよくても、たちまち大あらしとなりました。それから、赤いろうそくは、不吉ということになりました。・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ 女も笑ったくらい、どこまでが本当で、どこまでが嘘か判らぬような身の上ばなしでしたが、しかし、七つの年までざっと数えて六度か七度、預けられた里をまるで附箋つきの葉書みたいに転々と移ってきたことだけはたしかで、放浪のならわしはその時もう幼・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫