・・・ そんなことを言いあいながら、一度あがって次あがるまでの時間を数えている。彼はそれらの会話をきくともなしに聞いていた。「××ちゃん。花は」「フロラ」一番年のいったのがそんなに答えている。―― 城でのそれを憶い出しながら、・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・磯高く曳き上げし舟の中にお絹お常は浴衣を脱ぎすてて心地よげに水を踏み、ほんに砂粒まで数えらるるようなと、海近く育ちて水に慣れたれば何のこわいこともなく沖の方へずんずんと乳の辺りまで出ずるを吉次は見て懐に入れし鼈甲の櫛二板紙に包んだままをそっ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 平麦のかわりに丸麦を二度たきとして、ねりつぶしてねばりをつけた。 黄粉をまぶして食ってみた。 数えているとまだあるだろうが、いろ/\な食べ方が一カ月ばかりのうちに、附近の人々によってかくの如く考え出された。 平生、内地米の・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・それがまた一ト通のことなら宜いが、なかなかどうしてどうして少なくないので、先ず此処で数えて見れば、腰高が大神宮様へ二つ、お仏器が荒神様へ一つ、鬼子母神様と摩利支天様とへ各一つ宛、御祖師様へ五つ、家廟へは日によって違うが、それだけは毎日欠かさ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 一々に数え来れば其種類は限りもないが、要するに死其者の恐怖すべきではなくて、多くは其個個が有せる迷信・貪欲・愚癡・妄執・愛着の念を払い得難き性質・境遇等に原因するのである、故に見よ、彼等の境遇や性質が若し一たび改変せられて、此等の事情・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・くらと更けるも知らぬ夜々の長坐敷つい出そびれて帰りしが山村の若旦那と言えば温和しい方よと小春が顔に花散る容子を御参なれやと大吉が例の額に睨んで疾から吹っ込ませたる浅草市羽子板ねだらせたを胸三寸の道具に数え、戻り路は角の歌川へ軾を着けさせ俊雄・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・子供の好きな袖子は、いつの間にか近所の家から別の子供を抱いて来て、自分の部屋で遊ばせるようになった。数え歳の二つにしかならない男の児であるが、あのきかない気の光子さんに比べたら、これはまた何というおとなしいものだろう。金之助さんという名前か・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・私は、娘が一と息で数えるだけの、羊と牛と山羊と馬と豚を、お祝いにやりましょう。しかしお前さんが、これからさきこの娘を、何のつみもないのに、三べんおぶちだと、すぐにこちらへとりもどしてしまいますよ。」と言いました。ギンはおおよろこびで、「・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・津軽地方で最も上品な家の一つに数えられていたようである。この家系で、人からうしろ指を差されるような愚行を演じたのは私ひとりであった。 × 余の幼少の折、(というような書出しは、れいの思想家たちの回想録にしばしば見受け・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・夕方近くなると、どこからともなく次第に集まって来て、池の上を渡す電線に止まるのが十何羽と数えられることがある。ときどき汀の石の上や橋の上に降り立って尻尾を振動させている。不意に飛び立って水面をすれすれに飛びながら何かしら啄んでは空中に飛び上・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫