・・・しかしあるいはこれらの力の方則を表わすべき数式の第一項に対して第二項以下の小さい事に驚くと云わねばならぬ事になりはしまいか。少なくともそういう風に考える方が自然科学者の今日の立場としてむしろ妥当ではあるまいか。しかしこの疑問以上に立ち入る事・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・あらゆる現象は出来るだけ簡単な数式や平滑な曲線によって代表されようとした。その同じ傾向は生物に関する科学の方面へも滲透して行った。そして「自然は簡単を愛す」と云ったような昔の形而上的な考えがまだ漠然とした形である種の科学者の頭の奥底のどこか・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・本来快楽を目的とする音楽でさえもドイツ人の手にかかるとそれが高等数学の数式の行列のようなものになり、目を喜ばすべき映画でさえもこの国でできたものは見ていておのずから頭痛のして来るようなのがはなはだ多い。これに比べてフランスにはいくらかの俳諧・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・と云ったりしたが、氾濫しつつ彼の頭に襲いかかって来る数式の運動に停止を与えることが出来ないなら、栖方の頭も狂わざるを得ないであろうと梶は思った。 正確だから狂うのだ、という逆説は、彼にはたしかに通用する近代の見事な美しさをも語っている。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫