・・・新開地の北海道で内地的といえば、説明するまでもなく種々の死法則のようやく整頓されつつあることである。青柳町の百二十余日、予はついに満足を感ずることができなかった。 八月二十五日夜の大火は、函館における背自然の悪徳を残らず焼き払った天の火・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・自己が大能力があッたら乱雑の世界を整頓してやろうなんかんというのが当世の薄ら生意気の紳士の欲望だが、そんなつまらない事が出来るものカネ。天地は重箱の中を附木で境ッたようになッてたまるものか。兎角コチンコチンコセコセとした奴らは市区改正の話し・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・私は、私の家庭においても、絶えず冗談を言い、薄氷を踏む思いで冗談を言い、一部の読者、批評家の想像を裏切り、私の部屋の畳は新しく、机上は整頓せられ、夫婦はいたわり、尊敬し合い、夫は妻を打った事など無いのは無論、出て行け、出て行きます、などの乱・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・東京の道玄坂を小綺麗に整頓したような街である。路の両側をぞろぞろ流れて通る人たちも、のんきそうで、そうして、どこかハイカラである。植木の露店には、もう躑躅が出ている。 デパアトに沿って右に曲折すると、柳町である。ここは、ひっそりしている・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・明窓浄几、筆硯紙墨、皆極精良、とでもいうような感じで、あまりに整頓されすぎていて、かえって小川君がこの部屋では何も勉強していないのではないかと思われたくらいであった。床柱に、写楽の版画が、銀色の額縁に収められて掛けられていた。それはれいの、・・・ 太宰治 「母」
・・・電気をつけてみると、部屋が小綺麗に整頓せられているのがわかり、とても狂人の住んでいる部屋とは思えない。幸福な家庭の匂いさえするのである。「いやもう何も、おかまいなく。私はこれで失礼しましょう。細田さんが何だか興奮していらっしゃるようでし・・・ 太宰治 「女神」
・・・ さて上記の付け句の制作過程は便宜上分析的に整頓してみただけであって、制作当時実際にこのとおりに意識的に行なっているのではない。場合によっては第四次第五次の付け句素材までが一分間ぐらいの間に相次いで電光のごとく現われては消えることもあり・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新緑の木立のなかに見出された。私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・あれでも万事整頓していたら旦那の心持と云う特別な心持になれるかも知れんが、何しろ真鍮の薬缶で湯を沸かしたり、ブリッキの金盥で顔を洗ってる内は主人らしくないからな」と実際のところを白状する。「それでも主人さ。これが俺のうちだと思えば何とな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・幼少の時より不整頓不始末なる家風の中に眠食し、厳父は唯厳なるのみにして能く人を叱咤しながら、其一身は則ち醜行紛々、甚だしきは同父異母の子女が一家の中に群居して朝夕その一父衆母の言語挙動を傍観すれば、父母の行う所、子供の目には左までの醜と見え・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫