・・・斯うまた、彼等のうちの一人の、露西亜文学通が云った。 また、つい半月程前のことであった。彼等の一人なるYから、亡父の四十九日というので、彼の処へも香奠返しのお茶を小包で送って来た。彼には無論一円という香奠を贈る程の力は無かったが、それも・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・―― それは行一が文学をやっている友人から聞いた話だった。「まあいいわね」「間違ってるかも知れないぜ」 大変なことが起こった。ある日信子は例の切り通しの坂で顛倒した。心弱さから彼女はそれを夫に秘していた。産婆の診察日に彼女は・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ドル臭しとは黄金の力何事をもなし得るものぞと堅く信じ、みやびたる心は少しもなくて、学者、宗教家、文学者、政治家の類を一笑し倒さんと意気込む人の息気をいう、ドルの文字はまたアメリカ帰りの紳士ちょう意をも含めり。詳しき説明は宇都宮時雄の君に請い・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ すなわち学校、孤児院の経営、雑誌の発行、あるいは社会運動、国民運動への献身、文学的精進、宗教的奉仕等をともにするのである。二つ夫婦そらうてひのきしんこれがだいいちものだねや これは天理教祖みき子の数え歌だ。子を・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・喜劇を書いても、諷刺文学を書いても、それで、人をおかしがらせたり、面白がらせたりする意図で書くのでは、下らない。悲劇になる、痛切な、身を以て苦るしんだ、そのことを喜劇として表現し、諷刺文学として表現して、始めて、価値がある。殊に、モリエール・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・ 馬琴という人は、或る種類の人、ひと口に申しますれば通人がったり大人物がったりする人々には、余り賞されないのみならず、あるいはクサされる傾きさえある人でありますが、先ず日本の文学史上にはどうしても最高の地位を占めて居る人でございまして、・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ 力士などは、そのもっともいちじるしい例である。文学・芸術などにいたっても、不朽の傑作といわれるものは、その作家が老熟ののちよりも、かえってまだ大いに名をなしていない時代に多いのである。革命運動などのような、もっとも熱烈な信念と意気と大・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 北村君の文学生活は種々な試みを遣って見た、準備時代から始まったものではあるが、真個に自分を出して来るようになったのは、『蓬莱曲』を公けにした頃からであろう。当時巌本善治氏の主宰していた女学雑誌は、婦人雑誌ではあったが、然し文学宗教其他・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
此スバーと云う物語は、インドの有名な哲学者で文学者の、タゴールが作ったものです。インド人ですが英国で勉強をし立派な沢山の本を書いています。六七年前、日本にも来た事がありました。此人の文章は実に美しく、云い表わしたい十の・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・とでもいったようなものを、ぼそぼそ書きはじめて、自分の文学のすすむべき路すこしずつ、そのおのれの作品に依って知らされ、ま、こんなところかな? と多少、自信に似たものを得て、まえから腹案していた長い小説に取りかかった。 昨年、九月、甲州の・・・ 太宰治 「I can speak」
出典:青空文庫