・・・血は見る見る黄ばんだ土に、大きい斑点を拡げ出した。「よし。見事だ。」 将軍は愉快そうに頷きながら、それなり馬を歩ませて行った。 騎兵は将軍を見送ると、血に染んだ刀を提げたまま、もう一人の支那人の後に立った。その態度は将軍以上に、・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・小屋と木立だけが空と地との間にあって汚ない斑点だった。 仁右衛門はある日膝まで這入る雪の中をこいで事務所に出かけて行った。いくらでもいいから馬を買ってくれろと頼んで見た。帳場はあざ笑って脚の立たない馬は、金を喰う機械見たいなものだといっ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・自分の踏んだ草が、自然に刎ね返って、延び上った姿、青い葉の裏に、青い円い体に銀光の斑点の付いている裸虫の止っているのも啼く虫と見えて、ぎょっとしたこと、其の時の小さな心臓の鼓動、かゝる空溝に生えている草叢にすら特有の臭い、其等は、今、こうや・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・と蓮葉に言って、赤い斑点の出来た私の手の甲をぎゅっと抓ると、チャラチャラと二階の段梯子を上って行ったが、やがて、「――ちょんの間の衣替え……」と歌うように言って降りて来たのを見ると、真赤な色のサテン地の寝巻ともピジャマともドイスともつか・・・ 織田作之助 「世相」
・・・私はほとんど無意識にそれを取り上げて見ているうちに、その紙の上に現われている色々の斑点が眼に付き出した。 紙の色は鈍い鼠色で、ちょうど子供等の手工に使う粘土のような色をしている。片側は滑かであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵のような・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ 死んだ白猫の母は宅の飼猫で白に雉毛の斑点を多分にもっていたが、ことによると前の白猫と今度の「白」とは父親がおなじであるか、ことによると「白」が「ボーヤ」の子であるかもしれないと思われた。それについて思い当るのは、一と頃ときどき宅へ忍び・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・ 浮世絵の画面における黒色の斑点として最も重要なものは人物の頭の毛髪である。これがほとんど浮世絵人物画の焦点あるいは基調をなすものである。試みにこれらの絵の頭髪を薄色にしてしまったとしたら絵の全部の印象が消滅するように私には思われ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ さて、映写が始まって音楽が始まると同時に、暗いスクリーンの上にいろいろの形をした光の斑点や線条が順次に現われて、それがいろいろ入り乱れた運動をするのであるが、全く初めての経験であるからただ一度見ただけでは到底はっきりした記憶などは残り・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・分子の集団から成る物体を連続体と考えてこれに微分方程式を応用するのが不思議でなければ、色の斑点を羅列して物象を表わす事も少しも不都合ではない。 もう少し進んで科学は客観的、芸術は主観的のものであると言う人もあろう。しかしこれもそう簡・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・眩しくなって眼を庭の草へ移すと大きな黄色の斑点がいくつも見える。色がさまざまに変りながら眼の向かう方へ動いて行く。 寺田寅彦 「窮理日記」
出典:青空文庫