・・・偏光を生じるニコルのプリズムを通して白壁か白雲の面を見ると、妙なぼんやりした一抹の斑点が見える。すすけた黄褐色の千切り形あるいは分銅形をしたものの、両端にぼんやり青みがかった雲のようなものが見える。ニコルを回転すると、それにつれて、この斑点・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・放電についても放電管内の陽極の縞や、陽極の光った斑点の週期的紋形なども最も興味あるものであり、よく知られてもおりながら、ここでもやはり週期決定因子の研究が奇妙にも等閑に付せられているのである。 また、粘土などを水に混じた微粒のサスペンシ・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ 近ごろあるレストランで友人と食事をしていたら隣の食卓にインドの上流婦人らしい客が二人いて、二人ともその額の中央に紅の斑点を印していた。同じ紅色でも前記の素足の爪紅に比べるとこのほうは美しく典雅に見られた。近年日本の紅がインドへ輸出され・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・子供の服の白い襟にかすかな灰色の斑点を示すくらいのもので心核の石粒などは見えなかった。 ひと口に降灰とは言っても降る時と場所とでこんなにいろいろの形態の変化を示すのである。軽井沢一帯を一メートル以上の厚さにおおっているあの豌豆大の軽石の・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・その前には麦藁帽の中年の男と、白地に赤い斑点のはいった更紗を着た女とが、もたれ合ってギターをかなでる。船尾に腰かけた若者はうつむいて一心にヴァイオリンをひいている。その前に水兵服の十四五歳の男の子がわき見をしながらこれもヴァイオリンの弓を動・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・子供の頃、寒月の冴えた夜などに友達の家から帰って来る途中で川沿いの道の真中をすかして見ると土の表面にちょうど飛石を並べたようにかすかに白っぽい色をした斑点が規則正しく一列に並んでいる。それは昔この道路の水準がずっと低かった頃に砂利をつめた土・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・妻は濃緑に朱の斑点のはいった草の葉をいじっているから「オイよせ、毒かもしれない」と言ったら、あわてて放して、いやな顔をして指先を見つめてちょっとかいでみる。左右の回廊にはところどころ赤い花が咲いて、その中からのんきそうな人の顔もあちこちに見・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・芋の葉と形はよく似ているが葉脈があざやかな洋紅色に染められてその周囲に白い斑点が散布している。芋から見れば片輪者であり化け物であろうが人間が見るとやはり美しい。 ベコニア、レッキスの一種に、これが人間の顔なら焼けどの瘢痕かと思われるよう・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・ 生れて二十箇月後に階段から転がり落ちて、頭に青や黒の斑点が出来た。その後にも海岸の波止場から落ちて溺れかかった事もあった。また射的をしている人の鉄砲の筒口の正面へ突然顔を出して危うく助かった事もあった。大きくなるに従って物を知りたがり・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・すると虹霓を粉にして振り蒔くように、眼の前が五色の斑点でちらちらする。これは駄目だと眼を開くとまたランプの影が気になる。仕方がないからまた横向になって大病人のごとく、じっとして夜の明けるのを待とうと決心した。 横を向いてふと目に入ったの・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫