・・・が、畢竟それだけだ』と断案を下してしまうのであります。若し又万一『より悪い半ば』の代りに『より善い半ば』を肯定したとすれば、どう言う破綻を生じますか? 『色や形は正に美しい。が、畢竟それだけだ』――これでは少しも桜の花を貶したことにはなりま・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・一史家が鉄のごとき断案を下して、「文明は保守的なり」といったのは、よく這般のいわゆる文明を冷評しつくして、ほとんど余地を残さぬ。 予は今ここに文明の意義と特質を論議せむとする者ではないが、もし叙上のごとき状態をもって真の文明と称するもの・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・昔の武蔵野は実地見てどんなに美であったことやら、それは想像にも及ばんほどであったに相違あるまいが、自分が今見る武蔵野の美しさはかかる誇張的の断案を下さしむるほどに自分を動かしているのである。自分は武蔵野の美といった、美といわんよりむしろ詩趣・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・それゆえ私は、色さまざまの社会思想家たちの、追究や断案にこだわらず、私一個人の思想の歴史を、ここに書いて置きたいと考える。 所謂「思想家」たちの書く「私はなぜ何々主義者になったか」などという思想発展の回想録或いは宣言書を読んでも、私には・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・どもってばかりいて、颯爽たる断案が何一つ、出て来ない。私とて、恥を知る男子である。ままになる事なら、その下手くその作品を破り捨て、飄然どこか山の中にでも雲隠れしたいものだ、と思うのである。けれども、小心卑屈の私には、それが出来ない。きょう、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・日本海は墨絵だ、と愚にもつかぬ断案を下して、私は、やや得意になっていた。水底を見て来た顔の小鴨かな、つまりその顔であったわけだが、さらに、よろよろ船腹の甲板に帰って来て眼前の無言の島に対しては、その得意の小鴨も、首をひねらざるを得なかった。・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ その短篇集の著者が、万世一系かどうか、それは彼の言論の自由のしからしむるところであろうから、敢えて不問に附するとしても、それに較べて私が乞食だという彼の断案には承知できないものがあった。としの若いやつと、あまり馴れ親しむと、えてしてこ・・・ 太宰治 「母」
・・・叱られるのは、いやな事ゆえ、筆者も、とにかく初枝女史の断案に賛意を表することに致します。ラプンツェルは、たしかに、あきらめを知らぬ女性であります。死なせて下さい、等という言葉は、たいへんいじらしい謙虚な響きを持って居りますが、なおよく、考え・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・正当な断案は下さない」と云って、そのまま次に進んでいるのである。バックには、この作品ではまだ語らずにいる「断案」を次の作のために用意しているのかもしれない。次の作品の主題として「闘える天使」の中では注意ぶかく埋められてあるものなのかもしれな・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・性質として、多くの場合、この問題に対する作者自身の見地を以て作品は終結されるので、何かの形で、賛、否、の断案が下されていることになります。 作家が女性であった場合と、男性であった場合とで、又作品を貫く感激も違って来るでしょうが、それがと・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫