・・・ 三 世界の屋根 この映画で自分のもっとも美しいと思った場面はおおぜいの白衣の回教徒がラマダンの断食月に寺院の広場に集まって礼拝する光景である。だがせっかくのこのおもしろい場面をつまらぬこしらえものの活劇で打ちこわし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 一方ではまた捕虜になって餓死したとか、世の中が厭になって断食して死んだとか色々の説があるから本当のことは何だか分らない。しかし豆畑へはいるのがいやでわざわざ殺されたというのが本当だとすると、それは胃に悪いとか安眠を害するとかいうだけで・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・一週間無理に断食をした先生が八日目に御櫃を抱えて奮戦するの慨がある。 例のごとくデンマークヒルを散歩して帰ると、我輩のために戸を開いたるペンは直ちにしゃべり出した。果せるかな家内のものは皆新宅へ荷物を片付に行って伽藍堂の中に残るは我輩と・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・リチャードは断食をして自らと、命の根をたたれたのじゃ」と。いずれにしてもありがたくない。帝王の歴史は悲惨の歴史である。 階下の一室は昔しオルター・ロリーが幽囚の際万国史の草を記した所だと云い伝えられている。彼がエリザ式の半ズボンに絹の靴・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・名画を破る、監獄で断食して獄丁を困らせる、議会のベンチへ身体を縛りつけておいて、わざわざ騒々しく叫び立てる。これは意外の現象ですが、ことによると女は何をしても男の方で遠慮するから構わないという意味でやっているのかも分りません。しかしまあどう・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ その子供らは羅をつけ瓔珞をかざり日光に光り、すべて断食のあけがたの夢のようでした。ところがさっきの歌はその子供らでもないようでした。それは一人の子供がさっきよりずうっと細い声でマグノリアの木の梢を見あげながら歌い出したからです。・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
出典:青空文庫