・・・勧善懲悪の旧旗幟を撞砕した坪内氏の大斧は小説其物の内容に対する世人の見解を多少新たにしたが、文人其者を見る眼を少しも変える事が出来なかった。夫故、国会開設が約束せられて政治休息期に入っていた当時、文学に対する世間の興味は俄に沸湧して、矢野と・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・廃りし市邑はふたたび起りました。新たに町村は設けられました。地価は非常に騰貴しました、あるところにおいては四十年前の百五十倍に達しました。道路と鉄道とは縦横に築かれました。わが四国全島にさらに一千方マイルを加えたるユトランドは復活しました、・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ こうして、追っ払われた支店長は二三に止まらず、しかも、悪辣なる丹造は、その跡釜へ新たに保証金を入れた応募者を据えるという巧妙な手段で、いよいよ私腹を肥やしたから、路頭に迷う支店長らの怨嗟の声は、当然高まった。 ある支店長のごときは・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・去年と同じ場所という葉書はふといやな聯想をさそい、競馬場からの帰り昂奮を新たにするために行ったのは、あの蹴上の旅館だろうかと、寺田は真蒼になった。一代に何人かの男があったことは薄々知っていたが、住所を教えていたところを見ればまだ関係が続いて・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・折しも松の風を払って、妙なる琴の音は二階の一間に起りぬ。新たに来たる離座敷の客は耳を傾けつ。 糸につれて唄い出す声は、岩間に咽ぶ水を抑えて、巧みに流す生田の一節、客はまたさらに心を動かしてか、煙草をよそに思わずそなたを見上げぬ。障子は隔・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・最近の運命共同体の思想はこれを新たに見直してきたのである。国土というものに対して活きた関心を持たぬのは、これまでのこの国の知識青年の最大の認識不足なのである。今や新しい転換がきつつある。 しかし日蓮の熱誠憂国の進言も幕府のいれるところと・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ こう言って、看護婦なぞの往ったり来たりする庭の向うの方から一人の男を連れて来た。新たに医学校を卒業したばかりかと思われるような若者であった。蜂谷はその初々しく含羞んだような若者をおげんの前まで連れて来た。「小山さん、これが私のとこ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 中棚とはそこから数町ほど離れた谷間で、新たに小さな鉱泉の見つかったところだ。 浅間の麓に添うた傾斜の地勢は、あだかも人工で掘割られたように、小諸城址の附近で幾つかの深い谷を成している。谷の一つの浅い部分は耕されて旧士族地を取囲いて・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・彼女の身内を貫いて、丁度満月の時、海の真中からゆらぎ出す潮のように、新たな、云うに云われない感覚が、流れました。スバーは、我と我身を顧みました。自分に問をかけても見ました、が、合点の行く答えは、何処からも来ません。 或る満月の晩おそく、・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・流水濁らず、奔湍腐らず、御心境日々に新たなる事こそ、貴殿の如き芸術家志望の者には望ましく被存候。茶会御出席に依り御心魂の新粧をも期し得べく、決してむだの事には無之、まずは欣然御応諾当然と心得申者に御座候。頓首。 ことしの夏、私は、このよ・・・ 太宰治 「不審庵」
出典:青空文庫