・・・なお喜左衛門の忠直なるに感じ給い、御帰城の後は新地百石に御召し出しの上、組外れに御差加えに相成り、御鷹部屋御用掛に被成給いしとぞ。「その後富士司の御鷹は柳瀬清八の掛りとなりしに、一時病み鳥となりしことあり。ある日上様清八を召され、富士司・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・若い男が倒れていてな、……川向うの新地帰りで、――小母さんもちょっと見知っている、ちとたりないほどの色男なんだ――それが……医師も駆附けて、身体を検べると、あんぐり開けた、口一杯に、紅絹の糠袋……」「…………」「糠袋を頬張って、それ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・さらけ留めて、一番新地で飲んだろうかと思うんだ。」 六「貴方、ちょっと……お話がございます。」 ――弁当は帳場に出来ているそうだが、船頭の来ようが、また遅かった。――「へい、旦那御機嫌よう。」と三人ば・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ その夜、松の中を小提灯で送り出た、中京、名古屋の一客――畜生め色男――は、枝折戸口で別れるのに、恋々としてお藻代を強いて、東の新地――廓の待合、明保野という、すなわちお町の家まで送って来させた。お藻代は、はじめから、お町の内に馴染では・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・難波新地からの入口が二つある。どの入口からはいって、どこへ抜け出ようと勝手である。はいる目的によって、また地理的な便利、不便利によって、どうもぐりこもうと、勝手である。誰も文句はいわない。 しかし、少くとも寺と名のつく以上、れっきとした・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・そして所望されるままに曾根崎新地のお茶屋へおちょぼ(芸者の下地ッ子にやった。 種吉の手に五十円の金がはいり、これは借金払いでみるみる消えたが、あとにも先にも纏まって受けとったのはそれきりだった。もとより左団扇の気持はなかったから、十七の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・須崎のある人から稲荷新地の醜業婦へ手紙を託されたとか云って、それを出して見せびらかしている。得月楼の前へ船をつけ自転車を引上げる若者がある。楼上と門前とに女が立ってうなずいている。犬引も通る。これらが煩悩の犬だろう。松が端から車を雇う。下町・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・左側の水楼に坐して此方を見る老人のあればきっと中風よとはよき見立てと竹村はやせば皆々笑う。新地の絃歌聞えぬが嬉しくて丸山台まで行けば小蒸汽一艘後より追越して行きぬ。 昔の大名それの君、すれちがいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・自由平等の新天新地を夢み、身を献げて人類のために尽さんとする志士である。その行為はたとえ狂に近いとも、その志は憐むべきではないか。彼らはもと社会主義者であった。富の分配の不平等に社会の欠陥を見て、生産機関の公有を主張した、社会主義が何が恐い・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫