・・・拾い屋などしていた男には遣らぬと言って、引き離されてしまったので、やけになり世にすねたあげく、いっそこの世を見限ろうとしたこともあるが、五年後の再会を思いだしたので、ふたたび発奮して九州へ渡り、高島、新屋敷などの鉱山を転々とした後、昨年六月・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
私は慶応三年七月、父は二十七歳、母は二十五歳の時に神田の新屋敷というところに生まれたそうです。其頃は家もまだ盛んに暮して居た時分で、畳数の七十余畳もあったそうです。併し世の中が変ろうというところへ生れあわせたので、生れた翌・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・小溝に泥鰌が沈んで水が濁った。新屋敷の裏手へ廻る。自分と精とは一町ばかり後をついて行く。北の山へ雲の峰が出て新築の学校の屋根がきらきらしているが風は涼しい。要太郎が手を上げたから余等は立止って道にしゃがんだ。久万川の土手に沿うた一丸の二番稲・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
出典:青空文庫