・・・君の眼は、嘘つきの眼ですね、と突然言ってその新来の客を驚愕させる痩せた男は、これも男爵でなかった。それでは男爵はどこにいるか。その八畳の客間の隅に、消えるように小さく坐って、皆の談論をかしこまって聞いている男が、男爵である。頗るぱっとしない・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 此仔犬は、アントニーと云う貴族的な、一寸得意気な名などをつけられるような顔はして居ない。マークはよい。少し田舎めくが素朴な故意とらしくないところが。 新来のマークは、仔犬に共通のやかましいクンクン泣きを、兎に角昼間は余りしなかった・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・雌雄も、地味な友情で結ばれているように、仲間とも馴染まず、避けず、どんな新来者があっても、こればかりは意気地なくつつかれるようなことはしない。 見ても愛らしいのは、実に紅雀だ。四羽の雌と雄とが、丸い小さい紅や鶯茶の体で、輝く日だまりにチ・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・革命十周年祝祭の歓びの亢奮とドン・バス事件に対する大衆の憤りの亢奮が新来の自分をも直ちにとらえた。ドン・バスへは是非よろう。旅行に出る前、自分は対外文化連絡協会から石炭生産組合へ紹介状を貰い、まだ地図もよく分からないモスクワの商業区域を歩き・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ ソヴェト市民は新来の外国人を見ると、先ずいつも訊くだろう。 ――赤いけしを観ましたか? しかし、それを観てしまうと、もうほんとに新しいソヴェトのバレーは種ぎれだった、昔ながらの「眠り姫」を見物しなければならない。――ソヴェトは・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫