・・・車馬旁午シ綺羅絡繹タリ。数騎銜ヲ駢ベ鞍上ニ相話シテ行ク者ハ洋客ナリ。龍蹄砂ヲ蹴ツテ高蓋四輪、輾リ去ル者ハ華族ナリ。女児一群、紅紫隊ヲ成ス者ハ歌舞教師ノ女弟子ヲ率ルナリ。雅人ハ則紅袖翠鬟ヲ拉シ、三五先後シテ伴ヲ為シ、貴客ハ則嬬人侍女ヲ携ヘ一歩・・・ 永井荷風 「上野」
・・・それがためにこの二、三日は余の苦しみと、家内の騒ぎと、友人の看護旁訪い来るなどで、病室には一種不穏の徴を示して居る。昨夜も大勢来て居った友人(碧梧桐、鼠骨、左千夫、秀真、節は帰ってしもうて余らの眠りに就たのは一時頃であったが、今朝起きて見る・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・そしてこの大祭にぶっつかったのですから職業柄私の方ではほんの余興のつもりでしたが少し邪魔を入れて見ようかと本社へ云ってやりましたら社長や何かみな大へん面白がって賛成して運動費などもよこし慰労旁々技師も五人寄越しました。そこで私たちは大急ぎで・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・二月の或る日、陽子は弟と見舞旁遊びに行った。停車場を出たばかりで、もうこの辺の空気が東京と違うのが感じられた。大きな石の一の鳥居、松並木、俥のゴム輪が砂まじりの路を心持よく行った。いかにも鎌倉らしい町や海辺の情景が、冬で人が少いため、一種独・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ お月様のいい時には、貴方方のねていらっしゃる夜でも森をこして行きました。B 提灯もなくって? 案内者もつれずに?旅 そんなもののないのがあたり前なのです。ついて居る道さえ見失わなければいつかは人里に行けます。 或時は、・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・私は旅館の相談旁々、紹介を得て来た図書館長の永山氏に電話をかけた。私、早口になると見え、電話がてきぱき相手に通じない。困難し、打ち合わせなどするうちに、後の廊下で、一人の老人が丹念に人造真珠の頸飾や、古本や鼈甲細工等下手に見栄えなく並べ始め・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・それから備前国岡山を経て、九郎右衛門の見舞旁姫路に立ち寄った。 宇平、文吉が姫路の稲田屋で九郎右衛門と再会したのは、天保六年乙未の歳正月二十日であった。丁度その時広岸山の神主谷口某と云うものが、怪しい非人の事を知らせてくれたので、九郎右・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ そのうち刀が出来て来たので、伊織はひどく嬉しく思って、あたかも好し八月十五夜に、親しい友達柳原小兵衛等二三人を招いて、刀の披露旁馳走をした。友達は皆刀を褒めた。酒酣になった頃、ふと下島がその席へ来合せた。めったに来ぬ人なので、伊織は金・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・謂わば天下に呼号して、旁ら石田をして聞かしめんとするのである。 言うことが好くは分からない。一体この土地には限らず、方言というものは、怒って悪口を言うような時、最も純粋に現れるものである。目上の人に物を言ったり何かすることになれば、修飾・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・と云って、杯を手に取ると、方方から手が出て、杯を取る。割箸を取る。盛んに飲食が始まった。しかし話はやはり時候の挨拶位のものである。「どうです。こう天気続きでは、米が出来ますでしょうなあ」「さようさ。又米が安過ぎて不景気と云うような事になるで・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫