・・・こいに、こいに、さッくりさッくり横紙が切れますようなら、当分のウ内イ、誰方様のウお邸でもウ、切ものに御不自由はございませぬウ。このウ細い方一挺がア、定価は五銭のウ処ウ、特別のウ割引イでエ、粗のと二ツ一所に、名倉の欠を添えまして、三銭、三銭で・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・――たった今、その美しい奥方様が、通りがかりの乞食を呼んで、願掛は一つ、一ヶ条何なりとも叶えてやろうとおっしゃります。――未熟なれども、家業がら、仏も出せば鬼も出す、魔ものを使う顔色で、威してはみましたが、この幽霊にも怨念にも、恐れなされま・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「あのう、きっと参りましょうよ、外ならぬ貴方様の事でございますもの。」「どうでしょうか、此方様にも御存じはなしさ、ただ好い女だって途中で聞いて来たもんだから、どうぞ悪しからず。」「どう致しまして、憚様。」 と言ったばかり、ち・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・辰弥は生得馴るるに早く、咄嗟の間に気の置かれぬお方様となれり。過分の茶代に度を失いたる亭主は、急ぎ衣裳を改めて御挨拶に罷り出でしが、書記官様と聞くよりなお一層敬い奉りぬ。 琴はやがて曲を終りて、静かに打ち語らう声のたしかならず聞ゆ。辰弥・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・御相図と承わり、又御物ごしが彼方様其儘でござりましたので、……如何様にも私を御成敗下さりまして、……又此方様は、私、身を捨てましても、御引取いただくよう願いまして、然よう致しますれば……」と、今まで泣伏していた間に考えていたものと見えて・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ この上なくしずまった心で貴方様を思って居るのでございますよ。 けれどもまあ考えて見ますとふしぎではござんせんか、毎日毎日お目にかかって居る時は、別にこれぞと云って、御なつかしくもお話ししたいとも思いませんでしたのにねえ。 下ら・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・「家の娘も貴方様、先に二度ほど婿を取ってやりましたがはあ無縁でない、 皆落つきませんだ。」 こんな事を云って一度目のは「さき」が十八の時来たんだそうだけれ共その時は女の方で虫が好かないで離縁して仕舞い二十二の時二度目のが来たけれ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ もう冬と云う声をきくとすぐこう、ぞっとしてまるで風でも引いた様になりますの、貴方様なんかよけい冬がおきらいでいらっしゃいましょう。老近侍 神の御恵でござるじゃ、一向に冬をつらいとは思いませんでの、息子達が止めさえ致さなんだら雪なげ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫