・・・土井は私に旅費を貸してくれた。子供らへの土産物なども整えてくれた。私は例の切抜きと手帳と万年筆くらい持ちだして、無断で下宿を出た。「とにかくまあ何も考えずに、田舎で静養してきたまえ、実際君の弱り方はひどいらしい。しかしそれもたんに健康な・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・一日も早く帰りたいから旅費を送ってくれと言ってだした惣治への手紙が、十日経っても二十日待っても来ないのであった。「君の弟さんには会ったことがないからどんな性格の人物かわからんが、あるいはこれを機会に、君へ遠島を仰せつけた気でいるんじゃな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・その中百円を葬儀の経費に百円を革包に返し、残の百円及び家財家具を売り払った金を旅費として飄然と東京を離れて了った。立つ前夜密に例の手提革包を四谷の持主に送り届けた。 何時自分が東京を去ったか、何処を指して出たか、何人も知らない、母にも手・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「そうサ東京へ。旅費はもうできたが、彼地へ行って三月ばかりは食えるだけの金を持っていなければ困るだろうと思う。だから僕は父に頼んで来年の三月までの給料は全部僕が貰うことにした。だから四月早々は出立るだろうと思う」 桂正作の計画はすべ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・私も、外国生活の不便はかねて覚悟して行ったようなものの、旅費のことなぞでそう不自由はしないつもりであった。時には前途の思いに胸がふさがって、さびしさのあまり寝るよりほかの分別もなかったことを覚えている。 過去を振り返って見ると、今の私が・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ 旅行下手というものは、旅行の第一日に於て、既に旅行をいやになるほど満喫し、二日目は、旅費の殆んど全部を失っていることに気がつき、旅の風景を享楽するどころか、まことに俗な、金銭の心配だけで、へとへとになり、旅行も地獄、這うようにして女房・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・これぼっちも疑いなし。旅費くらいは、私かせぎます。ひとり旅をしたいなら、私はお供いたしませぬ。君、なにも、していないだろうね? 大丈夫だろうね? さあ、私に明朗の御返事下さい。黒田重治。太宰治学兄。」「貴翰拝誦。病気恢復のおもむきにてな・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 私は或る出版社から旅費をもらい、津軽旅行を企てた。その頃日本では、南方へ南方へと、皆の関心がもっぱらその方面にばかり集中せられていたのであるが、私はその正反対の本州の北端に向って旅立った。自分の身も、いつどのような事になるかわからぬ。・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・そして少からぬ金額を旅費として受け取った。最後に暇乞をしようとした時、名所記類を一山授けた。ポルジイは頭痛に病みながら、これを調べたのであった。 さてこの一切の物を受け取って、前に立っている銀行員を、ポルジイ中尉は批評眼で暫く見て、余り・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 背景となるべき一つの森や沼の選択に時には多くの日子と旅費を要するであろうし、一足の古靴の選定にはじじむさい乞食の群れを気長く物色することも必要になるであろう。 このようにして選択された分析的要素の撮影ができた上で、さらに第二段の選・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫