・・・の主人公は少年であるけれども、どうしてあの小説が既成の社会通念――大人の世界のものの考えかたの俗悪な形式主義への抗議でないといえよう。 デュガールの「チボー家の人々」が、一九三〇年代より四〇年代の若い人々にとって、特に意味をもっているわ・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・文学が、これからますます人民の歴史を語るものになろうとしているとき、文学者は既成の「文学」の枠内で、新らしい骨格を養うことは、ほとんど絶対に不可能である。文章の上からだけいっても社会科学の用語が、小説のなかの生きた言葉になりつつある。生活の・・・ 宮本百合子 「生きている古典」
・・・婦人代議士たちは代議士になってみて、今更切実に、既成政党が婦人代議士に求めていたものは、宣伝の色どりであって、実質的な政治への参加でもなければ、婦人の社会的、政治的成長でもなかったことを知らされているのである。婦人代議士の質が低いためばかり・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・それからの脱出として、既成の作家たちは、まじめに自分の人および芸術家としてのよりどころを、なにか新らしい力づよい情熱の上に発見しようとし、戦争をその契機としてつかもうとし、なにか新らしい文学ジャンルの開拓によって、たとえば報道文学、国民文学・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ この間中、田舎に行っていたうち何かで、或る作家が、女性の作品はどうしても拵えもので、千代紙のようでなければ、直に或る既成の哲学的概念に順応して行こうとする傾向がある、と云うような意味の話をされた事を読んだ。 これは新しい評言ではな・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・てそれととり組み、そこに手がかりを見出し、ほんのちょっとでもこの現実をましな方に向けるような意志をもって生きて行く、それが生であり『集団行進』が人間のそのような喜び、悲しみ、憤りを盛っているからこそ、既成の所謂歌壇に対し特異な価値を主張し得・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・ この作品を、心理主義の描写という批評の言葉も見かけるし、また、現代の知識人の苦しみを最高の形で表現している作品であるという紹介などもあるようだけれども、そういう謂わば既成の専門風なものの云いかたからはなれて、この作品をごくありのままの・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
・・・大分県は私の見ただけのところでは小規模にちんまり安住しすぎ、鹿児島は明るく、人の気質が篤く覇気はあるらしいが、既成の或るものがある。日向にだけは、男神が甦生しても大して意外でない悠々さがある。 熊本は、寝て素通りしたから何も知らず、長崎・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ 従って、既成の倫理学の概念や習俗の力は、いざという時、どれ程の力を持っているのかは疑います。これ等はただ、その人の内奥にある人格的な天質がそれ自身で見出すべき道に暗示を与え、自身の判断を待つ場合、思考の内容を豊富にするという点にのみ価・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・殊に、零点の置きどころを改革するというような、いわば、既成の仮設や単一性を抹殺していく無謀さには、今さら誰も応じるわけにはいくまいと思われる。しかし、すでに、それだけでも栖方の発想には天才の資格があった。二十一歳の青年で、零の置きどころに意・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫