・・・我々がここへ来た時も、日の丸の旗を出したのですが、その癖家の中を検べて見れば、大抵露西亜の旗を持っているのです。」 旅団長も何か浮き浮きしていた。「つまり奸佞邪智なのじゃね。」「そうです。煮ても焼いても食えないのです。」 こ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇を使い使いわざと冷かにいい放した。「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないぞ。」 欲の深い猿は円い眼をした。「宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのです・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・「そうじゃない、ペスだよ。日の丸が、ついていた。」と、徳ちゃんは、いいました。「日の丸が、ついていた?」と、正ちゃんは、念を押しました。日の丸というのは、ペスの白い脊中に赤い毛のまるい斑があったので、みんながそういっていたのでした。・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・なぎさに破れた絵日傘が打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯も捨てられ、かんざし、紙屑、レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。 緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。 秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシ・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・刺繍は日の丸の旗であったのだ。少年の心臓は、とくとくと幽かな音たてて鳴りはじめた。兵隊やそのほか兵隊に似かよったような概念のためではない。くろんぼが少年をあざむかなかったからである。ほんとうに刺繍をしていたのだ。日の丸の刺繍は簡単であるから・・・ 太宰治 「逆行」
・・・玩具らしいものを一つも売っていないんだものねえ。日の丸の小さい旗がほしいって睦子が言うんだけれどもね、ひやりとしたよ。そう言われて見ると、あの旗の玩具は、戦争中はどこの小間物屋にでも、必ずあったものなのに、このごろは影を消してしまったようだ・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・その中に日の丸の旗のあるのが妙に目に立って見えた。 連れの日本人はその連れのドイツ女の青い上着を小脇にかかえて歩いていた。私は自分の重い外套をかかえて黙ってその後をついて行った。 丘を下りて桜の咲き乱れた畑地の中の径をあるいた。柔ら・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・そのときの彼女たちは、断髪に日の丸はちまきをしめて、日本の誇る産業戦士であった――寮でしらみにくわれながらも。彼女たちの働く姿は新聞に映画にうつされた。あなたがたの双肩に日本の勝利はゆだねられています、第一線の花形です、というほめ言葉を、そ・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・が、その連中は会社側が渡した日の丸の旗を振ることを大衆的に拒絶し、プラットフォームで戦争反対の演説をやって、メーデー歌を合唱したという話がある。又、ストライキに入った第一日に従業員出身の現役兵が籠城中の争議団員のところへやって来て、一緒に「・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・文相天野貞祐が、各戸に日の丸の旗をかかげさせ、「君が代は千代に八千代にさざれ石の、巖となりて苔のむすまで」と子供の科学では解釈のつかない歌を歌わせたとして、ピチピチと生きてはずんで刻々の現実をよいまま、わるいままに映している子供の心に、何か・・・ 宮本百合子 「修身」
出典:青空文庫