・・・其故、この古家の古本に再び日の目を見せる気になった私の心持の底には、謂わば私心を脱した書籍愛好者魂とでも云うべきものが働いていなかったとは云えない。 慶応三年新彫、江戸開成所教授神田孝平訳の経済小学、明治元年版の山陽詩註、明治二十二年出・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・近頃その宿望がやっとそろそろ日の目を見るようになって来たらしい。私は近いところに二人、それより一寸はなれて一人、よい仲間が出来始めた。方向をかえると、他にも二人ばかり。この人達は、皆生れつきが違っている、それで私を種々な方にのばしてくれる。・・・ 宮本百合子 「大切な芽」
・・・ 夕方近くまで吹雪が晴れ渡らなかったので、その日は一日、日の目を見ない、じめじめしたわびしい日を送って仕舞った。祖母は夜までも、炬燵の中で「はぎ物」をして居る。私は東京へ、今年の初雪を知らせてやる。手紙の中へ、「私は今何故、こん・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 日本ではじめての日の目を見るようになった赤旗編輯局のきたない壁も、古くさくてごたついた間どりも、埃くささも、ひろ子の心にとっては、昔父の事務所で感じたこころもちに似た思いを誘うのであった。ひろ子は、感動のあふれた、子供っぽい顔をして、・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫