・・・ 去年の夏数寄屋橋の電車停留場安全地帯に一人の西洋婦人が派手な大柄の更紗の服をすそ短かに着て日傘をさしているのを見た。近づいて見ると素足に草履をはいている。そうして足の指の爪を毒々しいまっかな色に染めているのであった。なんとも言われぬ恐・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・職業的美術批評家の目で見ると日傘や帽子の赤が勝って画面の中心があまり高い所にあるとも言われる。これはおそらく壁面へずっと低く掲げればちょうどよくなると思う。静物も美しい。これはこの人の独歩の世界である。 山下新太郎。 この人の絵にはかつ・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・、お民は髪を耳かくしとやらに結い、あらい石だたみのような飛白お召の単衣も殊更袖の長いのに、宛然田舎源氏の殿様の着ているようなボカシの裾模様のある藤紫の夏羽織を重ね、ダリヤの花の満開とも言いたげな流行の日傘をさして、山の手の静な屋敷町に在る僕・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ たとえば四国の方のある女学校では、夏の炎天でも日傘をさすことをやめさせたという記事をこの間読んだ。 四国というと、私たちには暑い地方という感じがある。田舎の女学校の生徒であってみれば歩く時間もかなりあると思える。日にやけた顔色はよ・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・「京都ではふだんでも日傘をさしてますか。あの紙でつくった」「さしまっせ。私なんか御師匠はんとけいくにいつでもさしてますワ、模様をたんとかいてナ」「貴女何ならってらっしゃるの」「鼓と琴と茶の湯と花と」「マア、そんなにならっ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
紫苑が咲き乱れている。 小逕の方へ日傘をさしかけ人目を遮りながら、若い女が雁来紅を根気よく写生していた。十月の日光が、乾いた木の葉と秋草の香を仄かにまきちらす。土は黒くつめたい。百花園の床几。 大東屋の彼方の端・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・ 角まで来て日傘を畳んだのを見ると、近くに住んで居て、よく茶飲話をしに来るお婆さんである。私は「今日は、なかなか暑うございますねと声をかけて、片手に木鋏を下げ、片手で顔の前に下った帽子の鍔を持上げた。いつものお婆さんなら、少し鼻・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・ やがてゴリゴリする白縮緬の兵児帯などを袴着にまでしめさせて、祖父は一つのランプと一張りの繭紬の日傘とをもって国へ帰って来た。そのランプというものに燈を入れ、家内が揃ってそのまわりに坐っていると、玉蜀黍畑をこぎわけて「どっちだ」「どっち・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
出典:青空文庫