・・・吾々は、ブルジョア的平和主義者や、日和見主義者に変ることなく、吾々が階級社会に住んでいること、階級闘争と支配階級の権力の打倒との外には、それからの如何なる遁れ路もないし、またあり得ないことを忘れてはならぬ。吾々のスローガンはこうでなければな・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・みんな卑屈であります。みんな日和見主義であります。みんな「臆病な苦労」をしています。けれども、私たちは、それを決定的な汚点だとは、ちっとも思いません。 いまは、大過渡期だと思います。私たちは、当分、自信の無さから、のがれる事は出来ません・・・ 太宰治 「自信の無さ」
・・・原稿かいて、雑誌社へ持って行っても、みんな、芥川賞もらってからのほうが、市価数倍せむことを胸算して、二ヶ月、三ヶ月、日和見、そのうちに芥川賞素通して、拙稿返送という憂目、再三ならずございました。記者諸君。芥川賞と言えば、必ず、私を思い浮べ、・・・ 太宰治 「創生記」
・・・一九三三年の佐野、鍋山の転向を筆頭とする大腐敗の徴候は、一九三二年三月のプロレタリア文化団体への弾圧以後、次第に日和見的な態度として文学団体の中へもあらわれて来ていたことの証拠である。「一連の非プロレタリア的作品」に対する自己批判として・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・一方には、現在の状勢でプロレタリア文学運動の確立のために組織活動なしでどうするものぞ、組織活動によってこそ、多数者獲得の課題に答え得るのだ、今書けないのは仕方がない、という左翼的日和見主義があり、他には、時間の問題とする部分もある。創作をす・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・一人の労働者の若者を主人公として、その家庭的苦境と職場での日和見的勢力との苦闘を、当時の一つの階級的現実として描いた作品であった。苦渋な、しかし真摯な作品である。「小祝の一家」が雑誌『文芸』に発表されて程なく、一九三三年十二月二十六日宮・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・が、ケレンスキーのブルジョア民主主義者らしい日和見戦術で、半封建的であると共に資本主義の土地関係を根本から建て直しが敢行され得るかのように想像したのが間違いであった。臨時政府はツァーの絶対制を立憲政治へこぎつけるまでがせいぜいで、失業と飢と・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
このたび、常任中央委員会によって発表された日和見主義との闘争に関する決議は、プロレタリア文学運動が今日到達したレーニン的立場に立っての分析の周密さ、きわめて率直な自己批判の態度などにおいて、非常にすぐれたものである。この決・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・よしんば或る作品において間違いがあったとしても同志小林多喜二にあっては、決して日和見主義や引こみ思案や「作家主義」から出たことはない。きっとそれは今まで欠けていた新しい闘争の具体性をプロレタリア文学の中に摂取しようとする雄々しい意志からされ・・・ 宮本百合子 「同志小林多喜二の業績」
・・・ 同志小林が最近十ヵ月間の実践によって理論家としてもどんな発展を遂げつつあったかは、最近プロレタリア文学運動の一部に現れた日和見主義との闘争に関して彼が発表した諸論策を読めば自ら明かである。レーニン的党派性に鍛えられることによって、同志・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
出典:青空文庫