・・・長閑な日和だと祝し合いたい。そこで一つの迷信に満足せねばならなくなる。それは、人生には確かに二つの道はあるが、しようによってはその二つをこね合わせて一つにすることができるという迷信である。 すべての迷信は信仰以上に執着性を有するものであ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ 気咎めに、二日ばかり、手繰り寄せらるる思いをしながら、あえて行くのを憚ったが――また不思議に北国にも日和が続いた――三日めの同じ頃、魂がふッと墓を抜けて出ると、向うの桃に影もない。…… 勿体なくも、路々拝んだ仏神の御名を忘れようと・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 小春凪のほかほかとした可い日和の、午前十一時半頃、汽車が高崎に着いた時、彼は向側を立って来て、弁当を買った。そして折を片手に、しばらく硝子窓に頬杖をついていたが、「酒、酒。」 と威勢よく呼んだ、その時は先生奮然たる態度で、のぼ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ きちがい日和の俄雨に、風より群集が狂うのである。 その紛れに、女の姿は見えなくなった。 電車の内はからりとして、水に沈んだ硝子函、車掌と運転手は雨にあたかも潜水夫の風情に見えて、束の間は塵も留めず、――外の人の混雑は、鯱に追わ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・雪国の冬だけれども、天気は好し、小春日和だから、コオトも着ないで、着衣のお召で包むも惜しい、色の清く白いのが、片手に、お京――その母の墓へ手向ける、小菊の黄菊と白菊と、あれは侘しくて、こちこちと寂しいが、土地がら、今時はお定りの俗に称うる坊・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・菜の花も咲きかけ、麦の青みも繁りかけてきた、この頃の天気続き、毎日長閑な日和である。森をもって分つ村々、色をもって分つ田園、何もかもほんのり立ち渡る霞につつまれて、ことごとく春という一つの感じに統一されてる。 遥かに聞ゆる九十九里の波の・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
十二月十日、珍らしいポカ/\した散歩日和で、暢気に郊外でもきたくなる天気だったが、忌でも応でも約束した原稿期日が迫ってるので、朝飯も匆々に机に対った処へ、電報! 丸善から来た。朝っぱらから何の用事かと封を切って見ると、『ケサミセヤ・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・ほんとうに、のびのびとした、いい日和がつづきましたので、お城の門番は、退屈してしまいました。どこからともなく、柔らかな風が花のいい香りを送ってきますので、それをかいでいるうちに、門番はうとうとと居眠りをしていたのであります。 ちょうど、・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・先客があったり、後から誰か来合せたりすると彼は往きにもまして一層滅入った、一層圧倒された惨めな気持にされて帰らねばならぬのだ―― 彼は歯のすっかりすり減った日和を履いて、終点で電車を下りて、午下りの暑い盛りをだら/\汗を流しながら、Kの・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それから間もなく東京に残っていた母が病気になったので皆で引上げて帰って来る、その汽車の途中から天気が珍しく憎らしく快晴になって、それからはもうずっと美しい海水浴日和がつづいたのであった。この一と夏の海水浴の不首尾は実に人生そのものの不首尾不・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫