・・・ はっきりした日差しに苔の上に木の影が踊って私の手でもチラッと見える鼻柱でも我ながらじいっと見つめるほどうす赤い、奇麗な色に輝いて居る。 こんな良い空を勝手に仰ぎながら広い「野っぱ」を歩いて居る人が有ろうと思うと、斯うして居る自分が・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ ピッタリと頭の地ついた少ない髪を小さくまるめた青い顔の女が、体ばっかり着ぶくれて黄色な日差しの中でマジマジと物を見つめて居る様子を考えて見ると我ながらうんざりする。 毎朝の抜毛と、海と同じ様な碧色の黒みがかった様な色をした白眼の中・・・ 宮本百合子 「秋毛」
朝から、おぼつかない日差しがドンヨリ障子にまどろんで居る様な日である。 何でも、彼んでも、灰色に見える様に陰気な、哀れっぽい部屋の中にお君は、たった独りぽっちで寝て居る。 白粉と安油の臭が、・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・十一時出航、 自分から出した手紙の抜粋、三月一日付、 今日のように春らしい日差しに成って暖で、雨が降ってやんで、水たまりに日が写って居ると法悦に近いような喜びに胸を打れます。総ての人が幸福にならなければなりません。・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
五時に近い日差しが、ガラス窓にうす黄色くまどろんで居る。 さっきまで、上を向いて見ると、眼の底から涙のにじみ出すほど隈なくはれ渡って、碧い色をして居た空にいつの間にかモヤモヤした煤の様な雲が一杯になってしまって居る。・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・○弱い、疲れた日差しが、細かい木の枝や葉のもつれをチラチラと壁の上に印して居る。その黒と黄の入り乱れた色彩は、そのディムな感じからも、まるきり、黄色紙にされたエッチングを見るような気がした。「私には不思議に思われます、真・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
冬の日の静けさは何となく一種異った感じを人に与える。 黄色な日差しがわびしげに四辺にただようて、骨ばかりになった、木の影は、黒い線の様になって羽目にうつって居る。 風もない。木の葉が「かさ」とも「こそ」とも云わない中に、私・・・ 宮本百合子 「霜柱」
・・・ 風が大嫌いで、どんな土砂降りでもまだ雨の方が好いと云って居る程の私なので今日の鎮まった柔かな日差しがそよりともしずに流れて居るのがどの位嬉しいか知れなかったのです。 植物園とさえ云えばいつも思い出す多勢の画板を持った人達とそこいら・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
二日も降り続いて居た雨が漸う止んで、時候の暑さが又ソロソロと這い出して来た様な日である。 まだ乾き切らない湿気と鈍い日差しが皆の心も体も懶るくさせて、天気に感じ易い私は非常に不調和な気分になって居た。 一日中書斎に・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・十二月一日 病みてあれば 又病みてあればらちなくも 冬の日差しの悲しまれける 着ぶくれて見にくき姿うつしみて わびしき思ひ鏡の面 今の心語りつたへんとももがなと 空しき宙に姿絵をかく ・・・ 宮本百合子 「日記」
出典:青空文庫