・・・ しかし、清三は日曜日に二度つゞけて差支があった。一度は会社の同僚と、園子も一緒に伴って、飛鳥山へ行った。「それじゃ花も散ってしまうし、また暑くなって悪いわ。」と園子は気の毒そうに云った。「明日でも私御案内しますわ。」 ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・こんどの日曜日に行く。うちから林檎が来ているが、取りに来て下さい。清水忠治。叔父上様。」 月日。「謹啓。文学の道あせる事無用と確信致し居る者に候。空を見、雑念せず。陽と遊び、短慮せず。健康第一と愚考致し候。ゆるゆる御精進おたのみ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 晩秋の或る日曜日、ふたりは東京郊外の井の頭公園であいびきをした。午前十時。 時刻も悪ければ、場所も悪かった。けれども二人には、金が無かった。いばらの奥深く掻きわけて行っても、すぐ傍を分別顔の、子供づれの家族がとおる。ふたり切りにな・・・ 太宰治 「犯人」
・・・現に高官や富豪のだれかれが日曜日にわざわざ田舎へ百姓のまねをしに行くことのはやり始めた昨今ではなおさらそんな空想も起こし得られるのである。 昔の下級士族の家庭婦人は糸車を回し手機を織ることを少しも恥ずかしい賤業とは思わないで、つつましい・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ 虎杖もなつかしいものの一つである。日曜日の本町の市で、手製の牡丹餅などと一緒にこのいたどりを売っている近郷の婆さんなどがあった。そのせいか、自分の虎杖の記憶には、幼時の本町市の光景が密接につながっている。そうして、肉桂酒、甘蔗、竹羊羹・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・賞品は次の日曜日に渡しますとある。人間いくら年をとっても時には子供時代の喜びを復活させる希望を捨てなくてもいいのである。 M夫人が到着したのでそろそろ出掛ける。 一体の地面よりは一段高い芝生の上に小さな猪口の底を抜いて俯伏せにしたよ・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ もうすぐ夏になる頃の、天気のいい日曜日だった。私は朝からこんにゃく桶をかついで、いつものように屋敷の多い住宅地を売ってあるいていたが、あるお邸で、たいへんなしくじりをやってしまった。 そのお邸は石垣のうえにある高台の家で、十ばかり・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・学校のない日曜日には、殊更に朝早く起出て、冬の日の長からぬ事を恨んだが、二月になって或る日曜日の朝は、そのかいもなく雪であった。そして、ついぞ父親の行かれた事のない勝手口の方に、父の太い皺枯れた声がする。田崎が何か頻りに饒舌り立てて居る。毎・・・ 永井荷風 「狐」
・・・それから父の手紙を持って岩渓裳川先生の門に入り、日曜日ごとに『三体詩』の講義を聴いたのである。裳川先生はその頃文部省の官吏で市ヶ谷見附に近い四番町の裏通りに住んでおられた。玄関から縁側まで古本が高く積んであったのと、床の間に高さ二尺ばかりの・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・高等学校を御卒業なさいましても、誰とも交際なさらずに、寂しく暮らしていらっしゃる時の事で、毎週木曜日と日曜日とには、きっとおいでなさいましたのね。あの時はまだお父う様がお亡くなりなすって、お母あ様がお里へお帰りになった当座でございましたのね・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫