・・・もしも外国人の中に、日本語に通ずること最も巧みにして、談話の意味は勿論、その語気の微妙なる部分までも穎敏に解し得る者あるか、または日本人にして外国語を能くし、いかなる日本語にてもその真面目を外国語に写して毫も誤らざる者ありて、君らの談話を一・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ これは語の上にもあることで、日本語の「やたらむしょう」などはその一例である、或は「強く厳しく彼を責めた」とか、或は、「優しく角立たぬように説得した」とか云う類は、屡々欧文に見る同一例である。これらは凡て文章の意味を明らかにする以外、音・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・「ええ、よけいもありませんがまあ日本語と英語と独乙語のなら大抵ありますね。伊太利のは新らしいんですがまだ来ないんです。」「あなたのお書斎、まあどんなに立派でしょうね。」「いいえ、まるでちらばってますよ、それに研究室兼用ですからね・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・さあ、日本語だろうか伊太利亜語だろうか独乙語だろうか英語だろうか。さあどう表現したらいいか。さりながら、結局は、叫び声以外わからない。カント博士と同様に全く不可知なのである。 さて豚はずんずん肥り、なんべんも寝たり起きたりした。フランド・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・という献辞のついたこの旅行記は、日本語に翻訳されている部分だけでも、ふかい感興をうごかされ、エヴの公平な理解力と人間としての善意にうたれる。 エリカ・マンの各国巡業、エヴの戦時中の旅行。それらはどれもすべて、民主主義と、平和と、民族自立・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・大学教授であり、その人々の直接か間接かの先生というところに、日本語の封建的特質を生かさないでよい。そのような判断そのもののうちにわたしたちの人間的、社会的自我の課題、その自主性と発展の契機がひそんでいる。「わたしたちは、やっと青春をとり・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・しかしこれまで舞台に上されるファウストを日本語で書いた人もなく、またそう云う人が近い将来に出そうでもなかったので、無謀かは知らぬが、私がその瀬踏をして見た。これは苦労性の人には出来ぬ事かも知れない。私の性質と境遇とが、却て比較的短日月の間に・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・総てこの頃の私の翻訳はそうであるが、私は「作者がこの場合にこの意味の事を日本語で言うとしたら、どう言うだろうか」と思って見て、その時心に浮び口に上ったままを書くに過ぎない。その日本語でこう言うだろうと云う推測は、無論私の智識、私の材能に限ら・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・それは当人も気づいていて、「おれは日本語の丁寧な言葉ってものを一つも知らないんだよ。だから日本から来たヘル・ドクトルの連中に初めて逢って口をきくと、みんな変な顔をするんだ」と言っていたことがある。この純一君と話しているうちに、漱石の話がたび・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・そこには漢語のような単音節語特有の困難な事情がある。日本語は単音節語ではないのであるから、右のような困難を背負い込む必要はなかったのである。 そういう類のことは日本語についてもいくつか聞いたと思うが、それらは大抵『音幻論』のなかに出てい・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫