・・・が、彼は悪感を冒しても、やはり日毎に荷を負うて、商に出る事を止めなかった。甚太夫は喜三郎の顔を見ると、必ず求馬のけなげさを語って、この主思いの若党の眼に涙を催させるのが常であった。しかし彼等は二人とも、病さえ静に養うに堪えない求馬の寂しさに・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・たとえば自然の風物に対しても、そこには日毎に、というよりも時毎に微妙な変化、推移が行われるし、周囲の出来事を眺めても、ともすればその真意を掴み得ないうちにそれがぐん/\経過するからである。しかし観察は、広い意味の経験の範囲内で、比較的冷静を・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・つね日頃より貴族の出を誇れる傲縦のマダム、かの女の情夫のあられもない、一路物慾、マダムの丸い顔、望見するより早く、お金くれえ、お金くれえ、と一語は高く、一語は低く、日毎夜毎のお念仏。おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅・・・ 太宰治 「創生記」
・・・沢田先生は、土曜日毎にお見えになり、私の勉強室でひそひそ、なんとも馬鹿らしい事ばかりおっしゃるので、私は、いやでなりませんでした。文章というものは、第一に、てにをはの使用を確実にしなければならぬ、等と当り前の事を、一大事のように繰り返し繰り・・・ 太宰治 「千代女」
・・・ウィリアムが日毎夜毎に繰り返す心の物語りはこの盾と浅からぬ因果の覊絆で結び付けられている。いざという時この盾を執って……望はこれである。心の奥に何者かほのめいて消え難き前世の名残の如きを、白日の下に引き出して明ら様に見極むるはこの盾の力であ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・「我が眼の前に、わが死ぬべき折の様を想い見る人こそ幸あれ。日毎夜毎に死なんと願え。やがては神の前に行くなる吾の何を恐るる……」弟は世に憐れなる声にて「アーメン」と云う。折から遠くより吹く木枯しの高き塔を撼がして一度びは壁も落つるばか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・人は孤独で居れば居るほど、夜毎に宴会の夢を見るようになり、日毎に群集の中を歩きたくなる。それ故に孤独者は常に最も饒舌の者である。そして尚ボードレエルの言うように、僕もまたそのように、都会の雑沓の中をうろついたり、反響もない読者を相手にして、・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・傘の下に二つのかおが並んだ絵の倉の扉に爪で書いてあるのもお龍は知って居た。日毎に男の瞳はぬれてうるんで力がなくなって行った。かるいため息をつきながらフッと思い出してうす笑いをする男の様子を不思議に思わないものはなかった。 三月ほどあとに・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・を年毎に月毎に日毎に書き記して置きたい心がまえである。 人中に居ると見えて見えない。 ごたついた中になんか入る柄でないのにと私は思う。 あの気の多い王妃などは、向うから出て来ても私はあってやるまい。 目のするどいフレデレキの・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・しかし、その立札と段々広々として来る店の土間の光景は、日毎に通るものの目に無心には映らない生活の感情を湛えたものであった。 ざっと一年が経って、去年の秋になった。あちこちで祝出征の旗が見えるようになってその横丁でも子供対手の駄菓子屋の軒・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
出典:青空文庫