・・・ 次の幕は前と反対に、人情がかった旧劇だった。舞台にはただ屏風のほかに、火のともった行燈が置いてあった。そこに頬骨の高い年増が一人、猪首の町人と酒を飲んでいた。年増は時々金切声に、「若旦那」と相手の町人を呼んだ。そうして、――穂積中佐は・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・先日、私は近所の高砂館へ行って久し振りに活動を見て来たが、なんとかいう旧劇にちょっといい場面が一つありました。若侍が剣術の道具を肩にかついで道場から帰る途中、夕立になって、或る家の軒先に雨宿りするのですが、その家には十六、七の娘さんがいてね・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・その際に、もしかこれが旧劇だと、例えば河内山宗俊のごとく慌てて仰山らしく高頬のほくろを平手で隠したりするような甚だ拙劣な、友達なら注意してやりたいと思うような挙動不審を犯すのであるが、ここはさすがに新劇であるだけに、そういう気の利かない失策・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・或る一つの音楽会をきいた聴衆として、一定の印象をうけてかえって翌日新聞などを見ると、ちょうど旧劇批評家の或るタイプを思わせるような挨拶のような言葉を評として発表されてある。素人は学ぶところがありません。演奏家、作曲家等は、どのような感想をも・・・ 宮本百合子 「期待と切望」
・・・ 旧劇では、女形がちっとも不自然でない。男が女になっていると云う第一の不自然さが見物に直覚されない程、今日の私共の感情から見ると、旧劇の筋そのものが不自然に作られているのである。 けれども、例え取材は古くても、性格、気分等のインター・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
出典:青空文庫