・・・「ご病気はいかにもご重体のようにはお見受け申しまするが、神仏の加護良薬の功験で、一日も早うご全快遊ばすようにと、祈願いたしておりまする。それでも万一と申すことがござりまする。もしものことがござりましたら、どうぞ長十郎奴にお供を仰せつけら・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこをよう思うてみて、早う引き取られたがよかろう。悪いことは言わぬ。お身たちのためじゃ」こう言って律師はしずかに戸を締めた。 三郎は本堂の戸を睨んで歯咬みをした。しかし戸を打ち破って踏み込むだけの勇気もなかった。手のものどもはただ風に木・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・「嬉しいぞや。早う高氏づらの首を斬りかけて世を元弘の昔に復したや」「それは言わんでものこと。いかばかりぞその時の嬉しさは」 これでわかッたこの二人は新田方だと。そして先年尊氏が石浜へ追い詰められたとも言い、また今日は早く鎌倉へこ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ お霜は安次の蒲団を捲って、「早う。」と秋三を促した。「おい、掻き込もうやないか、汚い。」 秋三は勘次にそう云って棺を横に倒すと安次の死体の傍へ近寄せた。 二人は安次の身体を転がしながら、棺の中へ掻き寄せようとした。が、張り・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫