・・・私はことの意外に驚いて、この学校は自由をモットーとしているのに、生徒の頭の型まで束縛して、一定の型にはめてしまおうとするのであるかと、早口で言った。すると自治委員の言うのには、寮では寮生のすべては丸刈りたるべしという規則がある。郷に入れば郷・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 年の暮の一儲けをたくらんで簡単に狸算用になってしまったかと聴けば、さすがに気の毒だったが、しかし老訓導は急に早口の声を弾ませて、「――しかし行ってみるもんでがすな、つまりその、金巾は駄目でがしたが、別口の耳寄りな話ががしてな、光が・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 以上炭の噂まで来ると二人は最初の木戸の事は最早口に出さないで何時しか元のお徳お源に立還りぺちゃくちゃと仲善く喋舌り合っていたところは埒も無い。 十一月の末だから日は短い盛で、主人真蔵が会社から帰ったのは最早暮れがかりであった。木戸・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・相手の云う支那語は、早口で、こちらには分らなかった。が、まご/\しているうちに、ボロ切れに包んだものが風を切って、浜田の前に落ちた。中には、支那酒の瓶が入っていた。 深山軍曹は、それを喜ばなかった。浜田がビンの栓を取ると、「毒が入っ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・そのうめきのうちに早口に囁くような詞が聞えた。「いやだ、いやだ。」そして両手を隠しから出した。幅の広い鉄で鍛えたような鍛冶職の手である。ただそれが年の寄ったのと、食物に饑えたのとで、うつろに萎びている。その手を体の両側に、下へ向けてずっと伸・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・私は、ご亭主の顔を見るなり、また早口に、おかみさんに言ったのと同様の嘘を申しました。 ご亭主は、きょとんとした顔になって、「へえ? しかし、奥さん、お金ってものは、自分の手に、握ってみないうちは、あてにならないものですよ」 と案・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私は、やぶれかぶれに早口で言って、「お願いがあって、やって来たんですけど。」「おゆるし下さい。」意外の返事であった。「初対面のおかたとは、お逢いするのが苦しいのです。」「何を言ってやがる。相変らず鼻持ちならねえ。」と佐伯が小声で呟い・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・と、なんだか此の後もよろしくとお願いしたい気が起って来るのです。伸びるものなら、伸ばしてやりたい気がします。いつも、あなたに叱られるのですけど、あなたも少し、頑固すぎやしませんか。」と早口で言って、薄く笑いました。父は、お箸を休めて、「伸ば・・・ 太宰治 「千代女」
・・・せっかちで、あわて者で、早口であるということをも知っている。 板囲いの待合所に入ろうとして、男はまたその前に兼ねて見知り越しの女学生の立っているのをめざとくも見た。 肉づきのいい、頬の桃色の、輪郭の丸い、それはかわいい娘だ。はでな縞・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・片手を高く打ち振りながら早口に短い言葉を連発していた。今にも席から飛び出すかと思われたが、そうもしなかった。右の方の席からも騒がしい声が聞こえた。 議長が、それでは唯今の何とかを取消します、というたようであった。すると、また隅々からわあ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
出典:青空文庫