・・・吾人がこの輪廓の中味を充じゅうじんするために生きているのでない事は明かである。吾人の活力発展の内容が、自然にこの輪廓を描いた時、始めて自然主義に意義が生ずるのである。 一般の世間は自然主義を嫌っている。自然主義者はこれを永久の真理の如く・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・星明かなる夜最後の一ぷくをのみ終りたる後、彼が空を仰いで「嗚呼余が最後に汝を見るの時は瞬刻の後ならん。全能の神が造れる無辺大の劇場、眼に入る無限、手に触るる無限、これもまた我が眉目を掠めて去らん。しかして余はついにそを見るを得ざらん。わが力・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・そこで使いなれた智識感情といえる語を用いていわんには、大凡世の中万端の事智識ばかりでもゆかねば又感情ばかりでも埒明かず。二二※が四といえることは智識でこそ合点すべけれど、能く人の言うことながら、清元は意気で常磐津は身があるといえることは感情・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・今走者と球との関係を明かにせんに走者はただ一人敵陣の中を通過せんとするがごとき者、球は敵の弾丸のごとき者なり。走者は正方形の四辺を一周せんとする者にして一歩もこの線外に出ずるを許さずしかしてこの線上において一たび敵の球に触るれば立どころに討・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・ 植物性の脂肪や蛋白質の消化があまりよくないことは明かであります。さればといって甚不良なのではなく、ただ動物質の食品に比して幾分劣るというのであります。全然植物性蛋白や脂肪を消化しないという人はまあありますまい、あるとすればその人は又動・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・この場合、そのひとの程度ということはもちろん金銭の多寡や地位を意味しているのでないことは明かである。人間成長の内容をさしているのだが、友情についてもそれはいえることだろうと思う。ただ従来、そのひとの程度というとき、個人的な限度で、各人の天質・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・ 広く知られている通りイタリーのアフリカ植民地政策の活溌さはエチオピア問題を見ても明かであり、リビアは最近急速に戦時軍需資源の獲得地となっている。鉄、ニッケル、ジュラルミン等の原鉱を多量に生産することが分ったそのためにイタリーは附近の土・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ F君は殆ど術語のみから組み立ててある原文の意味を、苦もなく説き明かした。 私は再び驚いた。F君は狂人どころでは無い。君の自信の大きいのは当然のことである。私は云った。「それだけ読めれば、君と僕との間に、何の軒輊すべき所も無いね・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ある一つの有力な賓辞に対する狭小な認識はそれが批評となって現わされたとき、勿論芸術作品の成長範囲をも狭小ならしめることは、一例を取るまでもなく明かなことである。最近遽に勃興したかの感ある新感覚派なるものの感覚に関しても、時にはまた多くの場合・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・この花園の中でただ無為に空と海と花とを眺めながら、傍近く寄るものが、もしも五月の微風のように爽かであったなら、そこに柔かな愛慾の実のなることは明かな物理である。しかし、ここの花園では愛恋は毒薬であった。もしも恋慕が花に交って花開くなら、やが・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫