・・・釈迦の教の荒誕なのは勿論、釈迦の大悪もまた明白である。しかしおぎんの母親は、前にもちょいと書いた通り、そう云う真実を知るはずはない。彼等は息を引きとった後も、釈迦の教を信じている。寂しい墓原の松のかげに、末は「いんへるの」に堕ちるのも知らず・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・最も明白な場合のみを挙げて見ても、千五百七十五年には、マドリッドに現れ、千五百九十九年には、ウインに現れ、千六百一年にはリウベック、レヴェル、クラカウの三ヶ所に現れた。ルドルフ・ボトレウスによれば、千六百四年頃には、パリに現れた事もあるらし・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・それはあまりに明白な事実であるがゆえに、問題にしなかっただけのことだ。 私の考えるところによれば、おのずから芸術家と称するものをだいたい三つに分けることができる。第一の種類に属する人は、その人の生活全部が純粋な芸術境に没入している人で、・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・僕にとっては、これほど明白な簡単な宣言はないのだ。本当をいうと、僕がもう少し謙遜らしい言葉遣いであの宣言をしたならば、そしてことさら宣言などいうたいそうな表現を用いなかったら、あの一文はもう少し人の同情を牽いたかもしれない。しかし僕の気持ち・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ それが明白なる誤謬、むしろ明白なる虚偽であることは、ここに詳しく述べるまでもない。我々日本の青年はいまだかつてかの強権に対して何らの確執をも醸したことがないのである。したがって国家が我々にとって怨敵となるべき機会もいまだかつてなかった・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・……それまでが、そのままで、電車を待草臥れて、雨に侘しげな様子が、小鼻に寄せた皺に明白であった。 勿論、別人とは納得しながら、うっかり口に出そうな挨拶を、唇で噛留めて、心着くと、いつの間にか、足もやや近づいて、帽子に手を掛けていた極の悪・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・たださえ剛情に片意地な人であるに、この事ばかりは自分の言う所が理義明白いささかも無理がないと思うのに、これが少しも通らぬのだから、一筋に無念でならぬのだ。これほど明白に判り切った事をおとよが勝手我儘な私心一つで飽くまでも親の意に逆らうと思い・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・若い人が常に眷いて集まったので推しても、一部に噂されるような偏屈な狭隘な人でなかったのは明白である。 だが、極めて神経質で、学徳をも人格をも累するに足らない些事でも決して看過しなかった。十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になった・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 早稲田における坪内君の功蹟は、左も右くも文壇に早稲田派なるものがあって、相応に文学に貢献もすれば勢力も持ってる一事が明白に証明しておる。これ以上一語を加うる必要がない。早稲田大学は本と高田、天野、坪内のトライアンビレートを以て成立した・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・と問われたから、私は真面目にまた明白に答えた。「失礼ながら『基督教青年』は私のところへきますと私はすぐそれを厠へ持っていって置いてきます。」ところが先生たいへん怒った。それから私はそのわけをいいました。アノ『基督教青年』を私が汚穢い用に用い・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫