・・・「ところが当人見計らうだけに、御菜に関して明瞭なる観念がないのだから仕方がない」「それじゃ君が云い付けるさ。御菜のプログラムぐらい訳ないじゃないか」「それが容易く出来るくらいなら苦にゃならないさ。僕だって御菜上の智識はすこぶる乏・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・、とのみ詠むのほか、花のうつくしさ、月の清さ、鳥の啼く声をしみじみと身にしめて感じたる後に詠むということなければ、変化のなきのみか、その景象を明瞭に眼前に浮ばしむることは絶えてあるなし。曙覧の叙景法を見るにしからず。例えば「赤きもみぢに霜ふ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・精細の妙は印象を明瞭ならしむるにあり。芭蕉の叙事形容に粗にして風韻に勝ちたるは、芭蕉の好んでなしたるところなりといえども、一は精細的美を知らざりしに因る。芭蕉集中精細なるものを求むるに粽結片手にはさむ額髪五月雨や色紙へぎたる壁の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・実に簡潔明瞭なる所論であります。 然るにこの典型的論理に私が多少疑問あることは最遺憾に存ずる次第であります。 第一に博士の一九二〇年代に適するようにクリスト教旧神学中より抽出されました簡潔の神学はただこの語だけで見ますればこれいかに・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・軍人は戦い、そして勝たなければならないという明瞭な目的によって貫かれている。居留民はそこにおける地位、財産を守ろうとする一致した目標をもってがんばっている。士卒は兵士としての絶対の避くべからざる任務に服している。その間へ、銃をとって絶対に戦・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ムに抗議するストライキ、ファシズムに抗議するデモンストレーション、ファシズムに抗議する声明書、それらの集団的な抵抗の裏づけとして本当に一人一人が、自分の生活態度の全面でどんな抗議を行っているか、それを明瞭に意識において見なければ、日本の民主・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・それを明瞭に感じはするが、これもいかんとも私にはなし難い。理論はそういうときに、口惜しいけれども飛び出してしまう。書くときには疲れないが書けないときにはひどく疲れてへとへとになるのも、このときである。 これは作家の生活を中心とした見方の・・・ 横光利一 「作家の生活」
独断 芸術的効果の感得と云うものは、われわれがより個性を尊重するとき明瞭に独断的なものである。従って個性を異にするわれわれの感覚的享受もまた、各個の感性的直感の相違によりてなお一段と独断的なものである。それ故に文学上に於ける感覚・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・しかし自己の道がいずれであるかを明瞭に意識しておくことは必要である。小林氏はもちろんそれを意識しておられるであろうが、この意識によって手法上の迷いはかなりに解決せられるはずである。 氏が『麦』によってなしたところは、この方向に進むものと・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・しかもその刻々の表情が明瞭な完全な彫刻的表情なのである。言いかえれば彫刻の連続である。 たとえば在来は、苦痛の時には激しい悲鳴をあげていた。しかし今は、内部に狂おしき苦痛がひそむ時にも外形は「痛ましさ」の像となって現われる。昔の荒々しい・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫