・・・ と、そんな昔話をながながと語った挙句、その理屈屋のお友達は、全く軽部君の前ではつくづく自分の醜さがいやになりましたよと言ったが、あの人に金を借りられてあの人の立派さがわかったなんて、ほんとうにおかしなことを言う人だ。あの人はそんなに立・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・その頃、蝶子はまだ二つで、お辰が背負うて、つまり親娘三人総出で、一晩に百個売れたと種吉は昔話し、喜んで手伝うことを言った。関東煮屋のとき手伝おうと言って柳吉に撥ねつけられたことなど、根に持たなかった。どころか店びらきの日、筋向いにも果物屋が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・晩にねる時には、いつも祖母の「昔話」「おとぎばなし」をきゝながら、いつのまにかねむってしまった。生れた時は、もう祖父はなかったが、祖母は、祖父の話をよくした。「おとぎばなし」は、えゝかげんに作ったものばかりだったらしい。三ツ四ツそれをまだ覚・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・特にわたくしは所謂学生生活を仕た歳月が甚だ少くて、むしろ学生生活を為ずに過して仕舞ったと云っても宜い位ですから、自分の昔話をして今の学生諸君に御聞かせ申そうというような事は、実際ほとんど無いと云ってもよいのです。ですから平に御断りを致します・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・そこでチルナウエルは次第に小さい銀行員たることを忘れて、次第に昔話の魔法で化された王子になりすました。 珈琲店では新しい話の種がたっぷり出来た。伯爵中尉の気まぐれも非常であるが、小さい銀行員の僥倖も非常である。あんな結構な旅行を、何もあ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・を発見した記事を読んだときにいわゆる武陵桃源の昔話も全くの空想ではないと思ったことであったが、その武陵桃源の手近な一つの標本を自分は今度雨の上高地に見出したようである。 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・黒田のような苦労の味をなめた事もない。黒田の昔話を小説のような気で聞いていた。月々郷里から学資を貰って金の心配もなし、この上気楽な境遇はなかった筈であるが、若い心には気楽無事だけでは物足りなかった。きまりきった日々の課業をして暇な時間を無意・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・この傾向がどこまでも続いたら、おしまいには昔話の仙人のように雲に駕して山から山を飛び歩けそうな気がする。仙人の話は存外こんな想像からも生まれ得たのである。 碓氷峠を下って関東平野にかかると今さらに景色の相違が目に立つ。落葉松、白樺、厚朴・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・のみならず、昔話のまね爺と同様によほどひどい目にあうのが落ちであろう。 オリジナリティの無いと称せらるる国の昔話に人まねを戒める説話の多いのも興味のあることである。 それから、また労働争議というはなはだオリジナルでない運動の中からこ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 近ごろ、夕飯の食卓で子供らと昔話をしていたとき、かつて自分がN先生とI君と三人で大島三原山の調査のために火口原にテント生活をしたときの話が出たが、それが明治何年ごろの事だったかつい忘れてしまってちょっと思い出せなかった。ところが、その・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
出典:青空文庫