・・・「僕もその時は立入っても訊かず、夫なり別れてしまったんだが、つい昨日、――昨日は午過ぎは雨が降っていたろう。あの雨の最中に若槻から、飯を食いに来ないかという手紙なんだ。ちょうど僕も暇だったし、早めに若槻の家へ行って見ると、先生は気の利い・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・部屋の中の空気が昨夜とはすっかり変わってしまった。「なあに、疲れてなんかおりません。こんなことは毎度でございますから」 朝飯をすますとこう言って、その人はすぐ身じたくにかかった。そして監督の案内で農場内を見てまわった。「私は実は・・・ 有島武郎 「親子」
・・・フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友達にも話し、妻にも話した、死刑の立会をするという、自慢の得意の情がまた萌す。なんだかこう、神聖なる刑罰其物のような、ある特殊の物、強大なる物、儼乎として動かざる物が、実際に我身の内に宿ってでもいるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ああ眠くなったと思った時、てくてく寝床を探しに出かけるんだ。昨夜は隣の室で女の泣くのを聞きながら眠ったっけが、今夜は何を聞いて眠るんだろうと思いながら行くんだ。初めての宿屋じゃ此方の誰だかをちっとも知らない。知った者の一人もいない家の、行燈・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・さるにても朝寝のほど、昨日のその講演会の帰途のほども量られる。「お客様でございますよう。」 と女中は思入たっぷりの取次を、ちっとも先方気が着かずで、つい通りの返事をされたもどかしさに、声で威して甲走る。 吃驚して、ひょいと顔を上・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 全く省作は非常にくたぶれているのだ。昨日の稲刈りでは、女たちにまでいじめられて、さんざん苦しんだためからだのきかなくなるほどくたぶれてしまった。「百姓はやアだなあ……。ああばかばかしい、腰が痛くて起きられやしない。あアあア」 ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ その様子が可哀そうにもならないではないが、僕は友人とともに、出て来た菓子を喰いながら、誇りがおに、昨夜から今朝にかけての滑稽の居残り事件をうち明けた。礼を踏まない渡瀬一家のことは、もう、忘れているということをそれとなく知らせたかったの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・緑雨は佐々弾正と呼んで、「昨日弾正が来たよ、」などと能くいったもんだ。緑雨の『おぼえ帳』に、「鮪の土手の夕あらし」という文句が解らなくて「天下豈鮪を以て築きたる土手あらんや」と力んだという批評家は誰だか忘れたがこの連中の一人であった。緑雨は・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そればかりでなくその結果はかならずしも害のないものではない。昨日もお話ししたとおり金は用い方によってたいへん利益がありますけれども、用い方が悪いとまたたいへん害を来すものである。事業におけるも同じことであります。クロムウェルの事業とか、リビ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「お姫さまは、昨夜、海の中に沈んでしまわれたのだもの。いくら探したって見つかるはずがない。」と、人々は思っていました。 また、ひづめの音が聞こえました。こんどは、またこちらから、あちらへもどっていくのです。「姫は、どこへいったの・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
出典:青空文庫