・・・「僕もその時は立入っても訊かず、夫なり別れてしまったんだが、つい昨日、――昨日は午過ぎは雨が降っていたろう。あの雨の最中に若槻から、飯を食いに来ないかという手紙なんだ。ちょうど僕も暇だったし、早めに若槻の家へ行って見ると、先生は気の利い・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・クララは床から下り立つと昨日堂母に着て行ったベネチヤの白絹を着ようとした。それは花嫁にふさわしい色だった。しかし見ると大椅子の上に昨夜母の持って来てくれた外の衣裳が置いてあった。それはクララが好んで来た藤紫の一揃だった。神聖月曜日にも聖ルフ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友達にも話し、妻にも話した、死刑の立会をするという、自慢の得意の情がまた萌す。なんだかこう、神聖なる刑罰其物のような、ある特殊の物、強大なる物、儼乎として動かざる物が、実際に我身の内に宿ってでもいるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・さるにても朝寝のほど、昨日のその講演会の帰途のほども量られる。「お客様でございますよう。」 と女中は思入たっぷりの取次を、ちっとも先方気が着かずで、つい通りの返事をされたもどかしさに、声で威して甲走る。 吃驚して、ひょいと顔を上・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 全く省作は非常にくたぶれているのだ。昨日の稲刈りでは、女たちにまでいじめられて、さんざん苦しんだためからだのきかなくなるほどくたぶれてしまった。「百姓はやアだなあ……。ああばかばかしい、腰が痛くて起きられやしない。あアあア」 ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・緑雨は佐々弾正と呼んで、「昨日弾正が来たよ、」などと能くいったもんだ。緑雨の『おぼえ帳』に、「鮪の土手の夕あらし」という文句が解らなくて「天下豈鮪を以て築きたる土手あらんや」と力んだという批評家は誰だか忘れたがこの連中の一人であった。緑雨は・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そればかりでなくその結果はかならずしも害のないものではない。昨日もお話ししたとおり金は用い方によってたいへん利益がありますけれども、用い方が悪いとまたたいへん害を来すものである。事業におけるも同じことであります。クロムウェルの事業とか、リビ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ あくる日の昼ごろ、二郎は砂山へいって、昨日笛を吹いたところにきてみました。 するとそこには、いろいろの草が、一夜のうちに花を開いていたのです。 赤い花、白い花、紫の花、青い花、そして黄色な花もありました。 夕空に輝く星のよ・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・私は昨日からの餒じさが、目を覚ますとともに堪えがたく感じてきて、起き上る力もない。そっと仰向きに寝たまま、何を考える精もなく、ただ目ばかりパチクリ動かしていた。 見るともなく見ると、昨夜想像したよりもいっそうあたりは穢ない。天井も張らぬ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ もと近所に住んでいた古着屋の息子の新ちゃんで、朝鮮の聯隊に入営していたが、昨日除隊になって帰ってきたところだという。何はともあれと、上るなり、「嫁はんになったそうやな。なぜわいに黙って嫁入りしたんや」 と、新ちゃんは詰問した。・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫