・・・「おや、昼寝かえ。」 洋一はそう云う叔母の言葉に、かすかな皮肉を感じながら、自分の座蒲団を向うへ直した。が、叔母はそれは敷かずに、机の側へ腰を据えると、さも大事件でも起ったように、小さな声で話し出した。「私は少しお前に相談がある・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
恒藤恭は一高時代の親友なり。寄宿舎も同じ中寮の三番室に一年の間居りし事あり。当時の恒藤もまだ法科にはいらず。一部の乙組即ち英文科の生徒なりき。 恒藤は朝六時頃起き、午の休みには昼寝をし、夜は十一時の消灯前に、ちゃんと歯・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・では何をするかと言えば、K君やS君に来て貰ってトランプや将棊に閑をつぶしたり、組み立て細工の木枕をして昼寝をしたりするだけです。五六日前の午後のことです。僕はやはり木枕をしたまま、厚い渋紙の表紙をかけた「大久保武蔵鐙」を読んでいました。する・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・ 気がついて見ると、僕は、書斎のロッキング・チェアに腰をかけて St. John Ervine の The Critics と云う脚本を読みながら、昼寝をしていたのである。船だと思ったのは、大方椅子の揺れるせいであろう。 角顋は、久・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・「ああ、今しがた昼寝をしたの。」「人情がないぜ、なあ、己が旨いものを持って来るのに。 ええ、おい、起きねえか、お浜ッ児。へ、」 とのめずるように頸を窘め、腰を引いて、「何にもいわねえや、蠅ばかり、ぶんぶんいってまわってら・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・が、とぼんとならなければ可いが、と思うんだ。 昨日夢を見た。」 と注いで置きの茶碗に残った、冷い茶をがぶりと飲んで、「昨日な、……昨夜とは言わん。が、昼寝をしていて見たのじゃない。日の暮れようという、そちこち、暗くなった山道だ。・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・落人のそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、微笑み微笑み通ると思え。 深張の涼傘の影ながら、なお面影は透き、色香は仄めく……心地すれば、誰憚・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・お祖母様はいま昼寝をしていらっしゃるよ。騒々しいねえ。」「そうかい。」 と下りて来て、長火鉢の前に突立ち、「ああ、喉が渇く。」 と呟きながら、湯呑に冷したりし茶を見るより、無遠慮に手に取りて、「頂戴。」 とばかりぐっ・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・は幽寂を新にする、秋の夜などになると興味に刺激せられて容易に寐ることが出来ない、故に茶趣味あるものに体屈ということはない、極めて細微の事柄にも趣味の刺激を受くるのであるから、内心当に活動して居る、漫然昼寝するなどということは、茶趣味の人に断・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 午後は奈々子が一昼寝してからであった、雪子もお児もぶらんこに飽き、寝覚めた奈々子を連れて、表のほうにいるようすであったが、格子戸をからりあけてかけ上がりざまに三児はわれ勝ちと父に何か告げんとするのである。「お父さん金魚が死んだよ、・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
出典:青空文庫