・・・ 集会所には朝の中から五十人近い小作者が集って場主の来るのを待っていたが、昼過ぎまで待ちぼけを喰わされてしまった。場主はやがて帳場を伴につれて厚い外套を着てやって来た。上座に坐ると勿体らしく神社の方を向いて柏手を打って黙拝をしてから、居・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・産婆が雪で真白になってころげこんで来た時は、家中のものが思わずほっと気息をついて安堵したが、昼になっても昼過ぎになっても出産の模様が見えないで、産婆や看護婦の顔に、私だけに見える気遣いの色が見え出すと、私は全く慌ててしまっていた。書斎に閉じ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 衣の雫 十 待乳屋の娘菊枝は、不動の縁日にといって内を出た時、沢山ある髪を結綿に結っていた、角絞りの鹿の子の切、浅葱と赤と二筋を花がけにしてこれが昼過ぎに出来たので、衣服は薄お納戸の棒縞糸織・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・その日はとうとう朝飯もたべず、昼過ぎまで畑のあたりをうろついてしまった。 そうなると俄に家に居るのが厭でたまらない。出来るならば暮の内に学校へ帰ってしまいたかったけれど、そうもならないでようやくこらえて、年を越し元日一日置いて二日の日に・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ そして、その日の昼過ぎには、小包は宛名の家へ配達されました。「田舎から、小包がきたよ。」と、子供たちは、大きな声を出して喜び、躍り上がりました。「なにがきたのだろうね。きっとおもちだろうよ。」と、母親は、小包の縄を解いて、箱の・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
このごろ毎日のように昼過ぎになると、黒いちょうが庭の花壇に咲いているゆりの花へやってきます。 最初、これに気がついたのは、兄の太郎さんでした。「大きい、きれいなちょうだな。小鳥ぐらいあるかしらん。弟が見つけたら、きっとつかまえ・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・ その日の昼過ぎから、沖の方は暴れて、ひじょうな吹雪になりました。夜になると、ますます風が募って、沖の方にあたって怪しい海鳴りの音などが聞こえたのであります。 その明くる日も、また、ひどい吹雪でありました。五つの赤いそりが出発してか・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ 昼過ぎになると、日は山を外れて温泉場の屋根を紅く染めた。遠く眺めると彼方の山々も、野も、河原も、一様に赤い午後の日に色どられている。其処にも、秋の冷かな気が雲の色に、日の光りに潜んでいた。 前の山には、ぶな、白樺、松の木などがある・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
夏の昼過ぎでありました。三郎は友だちといっしょに往来の上で遊んでいました。するとそこへ、どこからやってきたものか、一人のじいさんのあめ売りが、天秤棒の両端に二つの箱を下げてチャルメラを吹いて通りかかりました。いままで遊びに気をとられて・・・ 小川未明 「空色の着物をきた子供」
・・・それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯するのを恐れるかのように条をなして、昼過ぎごろの空を斜めに吹下ろされた。……「これだけの子供もあるというのに、あなたは男だから何でもないでしょうけれど、私には・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫