・・・クサカも次第に別荘の人の顔を覚えて、昼食の前半時間位の時になると、木立の間から顔を出して、友情を持った目で座敷の方を見るようになった。その内高等女学校に入学して居るレリヤという娘、これは初めて犬に出会った娘であったが、この娘がいよいよクサカ・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・「其処へ、つけておくれ、昼食に……」 ――この旅籠屋は深切であった。「鱒がありますね。」 と心得たもので、「照焼にして下さい。それから酒は罎詰のがあったらもらいたい、なりたけいいのを。」 束髪に結った、丸ぽちゃなのが・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ しかし、昼食の後、タエは、女達の休んでいるカタマリの中にいなかった。彼は、それを見つけた。急に心臓がドキドキ鳴りだした。彼は、それを押えながら、石がボロボロころげて来る斜坑を這い上った。 六百尺の、エジプトのスフィンクスの洞窟のよ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・贄川は後に山を負い前に川を控えたる寂びたる村なれど、家数もやや多くて、蚕の糸ひく車の音の路行く我らを送り迎えするなど、住まば住み心よかるべく思わるるところなり。昼食しながらさまざまの事を問うに、去年の冬は近き山にて熊を獲りたりと聞き、寒月子・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・昼は昼食、夜は一泊、行くさきざきの縁故のある寺でそれを願って行って、西は遠く長崎の果までも旅したという。その足での帰りがけに、以前の小竹の店へも訪ねて来たことがある。その頃はお三輪の母親もまだ達者、彼女とても女のさかりの年頃であったから、何・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ここでは、十五銭でかなりの昼食が得られるのである。一丁ほどの長さであった。 ――われは盗賊。希代のすね者。かつて芸術家は人を殺さぬ。かつて芸術家はものを盗まぬ。おのれ。ちゃちな小利巧の仲間。 大学生たちをどんどん押しのけ、ようやく食・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 私たちは中畑さんのお家で昼食をごちそうになりながら、母の容態をくわしく知らされた。ほとんど危篤の状態らしい。「よく来て下さいました。」中畑さんは、かえって私たちにお礼を言った。「いつ来るか、いつ来るかと気が気じゃなかった。とにかく・・・ 太宰治 「故郷」
・・・ 主人をお見送りしてから、目刺を焼いて簡単な昼食をすませて、それから園子をおんぶして駅へ買い物に出かけた。途中、亀井さんのお宅に立ち寄る。主人の田舎から林檎をたくさん送っていただいたので、亀井さんの悠乃ちゃんに差し上げようと思って、少し・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・そうして深緑のころにパリイのレストランに昼食をしに行く。もの憂そうに軽く頬杖して、外を通る人の流れを見ていると、誰かが、そっと私の肩を叩く。急に音楽、薔薇のワルツ。ああ、おかしい、おかしい。現実は、この古ぼけた奇態な、柄のひょろ長い雨傘一本・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 九月のはじめ、私は昼食をすませて、母屋の常居という部屋で、ひとりぼんやり煙草を吸っていたら、野良着姿の大きな親爺が玄関のたたきにのっそり立って、「やあ」と言った。 それがすなわち、問題の「親友」であったのである。(私はこの・・・ 太宰治 「親友交歓」
出典:青空文庫