・・・ 千歳という岬端の村で半日くらい観測した時は、土地の豪家で昼食を食わしてもらった。生来見たことのない不気味な怪物のなますを御馳走になった。それがホヤであった。海へはいって泳いでみたら、恐ろしく冷たいので、ふるえ上がってしまった。そこから・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・のっぺりの中へ少しこまこまと金銀紫銅のモール。昼食か、そこへおきな。 三 黄は睨み朱は吼える、プルシアンブルーはうめく。鏝で勢いよくきゅうとなでて、ちりちりぱっとくくりをつけて、パイプをくわえて考え込んで、モ・・・ 寺田寅彦 「二科狂想行進曲」
・・・午後三時頃、私は一仕事しまって、おそい昼食を独りでとって居た。玄関の格子が開く音がした。そして、良人が帰って来たらしい。出迎えた女中が、「まあ、旦那様」と、驚きの声をあげ、やがて笑い乍ら、「何でございましょう!」・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・十七の女中と、閑静な昼食をたべた。――今頃、Yはどの辺だろう。汽車の中は今日のような天気では蒸すだろう。Yは神経質故、昨夜よく眠れなかった由……「Yさん、きっと眠がって居らっしゃるよ今頃――」 読みかけて居た本など、いきなりバタリと・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ で、二人とも学校の時は、勿論昼食は外ですませます。学校の中に、学生や先生のために、便利で健康的な食堂が出来ていて、廉価に滋養のあるランチが得られます。食後、暫く構内の散歩をし、誘い合って帰宅する時間まで、三時間なり四時間なり又研究を続・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・中略「彼等は午前に一二時間の講義に出席し、昼食後は戸外の運動に二三時間を消し、茶の刻限には相互に訪問し、夕食にはコレヂに行きて大衆と会食す。」とそして、そのような生活は漱石にとって「費用の点に於て、時間の点に於て又性格に於て、迚も調和出来な・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 昼食をしないために朝から家を出た。天気の悪い日には、焼跡の原に向った一つの廃墟の広大な地下室の中に坐っていた。そこでは野良犬や野良猫が生きて、死んでゆき、それらの犬猫の死骸の臭いが、雨や風の音の下で漂っている。 飢えないためにゴー・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・今日、昼食を食べて煙草を吸っていると、不意に松崎が上って来た。「やあ、どうです、やってますね」 編輯員の誰彼に愛嬌を振りまきつつ、彼はジェルテルスキーの机の横へ椅子を引張って来た。「大分暖いですね、今日は。奥さんお達者ですか? ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・マリアは昼食さえ、アトリエへ運ばしてたべることにした。「私は自分に四年の月日を与えていた。七ヵ月は既に過ぎ去った。」マリアは「社交も散歩も馬車も、何ものも打ち捨てた」十八歳の七月三日の記事に「M……別れをいいに来た。」云々。そして雨の中を展・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・はナンキン町のシナ料理をわりによく知っていたので、そこへ案内しようかと思ったが、しかし文人画を見せてもらう交渉をまだしていないことがさすがに気にかかり、馬車道の近くの日盛楼という西洋料理屋へはいって、昼食をあつらえるとすぐ三渓園へ電話をかけ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫