・・・で結局、今朝の九時に上野を発ってくる奥羽線廻りの青森行を待合せて、退屈なばかな時間を過さねばならぬことになったのだ。 が、「もとより心せかれるような旅行でもあるまい……」彼はこう自分を慰めて、昨夜送ってきた友だちの一人が、意味を含めて彼・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・午後四時の間食には果物、時には駿河屋の夜の梅だとか、風月堂の栗饅頭だとかの注文をします。夕食は朝が遅いから自然とおくれて午後十一時頃になる。此時はオートミルやうどんのスープ煮に黄卵を混ぜたりします。うどんは一寸位に切って居りました。 食・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・落葉が降り留っている井戸端の漆喰へ、洗面のとき吐く痰は、黄緑色からにぶい血の色を出すようになり、時にそれは驚くほど鮮かな紅に冴えた。堯が間借り二階の四畳半で床を離れる時分には、主婦の朝の洗濯は夙うに済んでいて、漆喰は乾いてしまっている。その・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・が始まりましたが、鷹見はもとの快活な調子で、「時に樋口という男はどうしたろう」と話が鸚鵡の一件になりました。「どうなるものかね、いなかにくすぼっているか、それとも死んだかも知れない、長生きをしそうもない男であった。」と法律の上田は、・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・そして、彼らが市街のいずれかへ消えて行って、今夜ひっかえしてくる時には、靴下や化粧品のかわりに、ルーブル紙幣を、衣服の下にかくしている。そんな奴があった。 二 北方の国境の冬は、夜が来るのが早かった。 にょきにょ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・両岸の山は或時は右が遠ざかったり左が遠ざかったり、また或時は右が迫って来たり左が迫って来たり、時に両方が迫って来て、一水遥に遠く巨巌の下に白泡を立てて沸り流れたりした。或場処は路が対岸に移るようになっているために、危い略※に片手をかけて今や・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・別の監房にいる俺たちの仲間も、帰えりには片足を引きずッて来たり、出て行く時に何んでもなかった着物が、背中からズタ/\に切られて戻ってきたりした。「やられた」 と云って、血の気のなくなった顔を俺たちに向けたりした。 俺たちはその度・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・私は春先の筍のような勢いでずんずん成長して来た次郎や、三郎や、それから末子をよく見て、時にはこれが自分の子供かと心に驚くことさえもある。 私たち親子のものは、遠からず今の住居を見捨てようとしている時であった。こんなにみんな大きくなって、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・其ばかりか、彼女は、いつ何時でも辛いことを聞かされさえすると、時に構わず此物を云わない友達の処に来ました。牛達は、スバーの心にある痛みを、彼女の悲しそうな静かな眼つきから察しるようでした。彼女の傍によって来てやさしく角を腕などになすりつけ、・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・オオスミチユウタロウ 同時に電報為替で百円送られて来たのである。 彼が渡支してから、もう五年。けれども、その五年のあいだに、彼と私とは、しばしば音信を交していた。彼の音信に依れば、古都北京は、まさしく彼の性格にぴったり合った様子・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫