・・・――近頃は、東京でも地方でも、まだ時季が早いのに、慌てもののせいか、それとも値段が安いためか、道中の晴の麦稈帽。これが真新しいので、ざっと、年よりは少く見える、そのかわりどことなく人体に貫目のないのが、吃驚した息もつかず、声を継いで、「・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 要するに日本の沿岸ではいかなる季節でも、風の日々変化するのを分析すると、海陸風に相当する風の弛張がかなり著しく認められるが、実際にいわゆる海陸風として現われるのは、季節風の弱い時季か、あるいは特別な気圧配置のために季節風が阻止された場・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・彼の地における各時季の気温や、風向、晴雨日の割合などは勿論、些細な点についても知識の有無に従ってその方面の準備の有無は意外の結果を来たすであろうと考えられる。 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・ やはり農家の暇な時季を選んだものだろう。儀式は刈り株の残った冬田の上で行なわれた。そこに神輿が渡御になる。それに従う村じゅうの家々の代表者はみんな裃を着て、傘ほどに大きな菅笠のようなものをかぶっていた。そして左の手に小さな鉦をさげて右・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・大掃除のときなどに縁側に取り出されているこの銅の虎を見るたびに当時の記憶が繰り返される。大掃除の時季がちょうどこの思い出の時候に相当するのである。 S軒のB教授の部屋の入り口の内側の柱に土佐特産の尾長鶏の着色写真をあしらった柱暦のような・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・そして死んだ年齢が二人ともに四歳で月までもほぼ同じであり、その上に死んだ時季が同じように夏始めのある月であったとしたら、どうであろう。この場合にはもはや偶然あるいは超自然的因果の境界から自然科学的の範囲に一歩を踏み込んでいるように思われて来・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・同じ面積を、時季によってちがった雑草が交代して占有する順序もおもしろく、年によって最もよく繁殖する草の種類を異にする事や、それが人間の干渉によって影響される模様や、少し立ち入って研究したら一種の「雑草学」が成り立ちそうである。それを書くとき・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・――面白いもので、この頃のような時季には、いろんなひとが一身上のことで問題をおこして居ります。仕事を本気にやっているときは勿体ないからね、時間が。――でも勿論疲れるようなことは致しませんから御安心下さい。 きのうは、思いがけずてっちゃん・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・大体ヴォルガは夏下るのが普通で、もう時季は少しおそいのです。然し河岸の樹木は紅葉しているし、天気は珍らしくおだやかだし石炭の煙はないし、実によい。私は河を船で下るなど、これが始めてですから大満足です。ヴォルガの河でロシヤのぼう大さを感じます・・・ 宮本百合子 「ロシアの旅より」
出典:青空文庫