・・・ 夕焼けのした晩方に、海の上を、電光がし、ゴロゴロと雷が鳴って、ちょうど馬車の駆けるように、黒雲がいくのが見られます。それを見ると、この町の人々は、「赤い姫君を慕って、黒い皇子が追っていかれる。」と、いまでも、いっているのでありまし・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・そして、晩方など、入り日の紅くさしこむ窓の下で、お姉さまがピアノをお弾きなさるとき、露子は、じっとそのそばにたたずんで、いちいち手の動くのから、日の光がピアノに当たって反射しているのから、なにからなにまで見落とすことがなく、また歌いなされる・・・ 小川未明 「赤い船」
ある日の晩方、赤い船が、浜辺につきました。その船は、南の国からきたので、つばめを迎えに、王さまが、よこされたものです。 長い間、北の青い海の上を飛んだり、電信柱の上にとまって、さえずっていましたつばめたちは、秋風がそよそよと吹いて・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
・・・ それは昨日の晩方、港の方へ歩いてゆくと、町の中で脊のすらりっとした、ほおの色の美しい、りっぱな着物を着た旅の女の人を見たのでした。 二郎は、足もとに咲いている赤い花が、風になよなよと吹かれている姿が、その人のようすそのままであった・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・かれこれするうちに、はや、晩方となりますので、あちらで、豆腐屋のらっぱの音がきこえると、お母さんの心は、ますますせいたのでありました。 ちくちくと、縫っていられますうちに、糸が短くなって糸の先が、針孔からぬけてしまったのです。お母さんは・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・ この国には、昔からのことわざがありまして、夏の晩方の海の上にうろこ雲のわいた日に、海の中へ身を投げると、その人は貝に生まれ変わる。また、三年もたつと、海の上にうろこ雲がわいた日に、その貝は白鳥に変わってしまう。白鳥になると自由に空を飛・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ 空の色のうす紅い、晩方のことでありました。彼は、疲れた足をひきずりながら、町の中を歩いてきますと、あちらに人がたかっていました。 何事があるのだろう? と思って、若者はその人だかりのしているそばにいってみますと、汚らしい少年をみん・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ その日の晩方、あるさびしい、小さな駅に汽車が着くと、飴チョコは、そこで降ろされました。そして汽車は、また暗くなりかかった、風の吹いている野原の方へ、ポッ、ポッと煙を吐いていってしまいました。 飴チョコの天使は、これからどうなるだろ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・子供らは、天気のいい晩方には、西の国境の山の方を見て、「牛女! 牛女!」と、口々にいって、その話でもちきったのです。 ところが、いつしか春がきて、雪が消えかかると、牛女の姿もだんだんうすくなっていって、まったく雪が消えてしまう春の半・・・ 小川未明 「牛女」
・・・ こうして、おじいさんは日の照る日中は村から、村へ歩きましたけれど、晩方にはいつも、この城跡にやってきて、そこにあった、昔の門の大きな礎石に、腰をかけました。そして、暮れてゆく海の景色をながめるのでありました。「ああ、なんといういい・・・ 小川未明 「海のかなた」
出典:青空文庫